9.11が人生を変えた、元ネイビーシールズCEOの原点
マヴルーカスは、ニュージャージー州の海岸沿いの町アズベリー・パーク近郊で育ったが、海に特別な関心はなかったという。10代の頃の彼は、ギリシャからの移民の祖父が創業した家族経営のステーキハウスで、テーブルの片付けや皿洗いをしていた。ラトガース大学でコンピューターサイエンスを学んだマヴルーカスは、「とにかくレストランの仕事には戻りたくなかった」と振り返る。
そして、大学3年生のときに起きた9.11同時多発テロをきっかけに、海軍に志願した彼は、11年間ネイビーシールズに所属し、そのうち5年間を特殊作戦の精鋭部隊「チーム6」のメンバーとして、イラクやアフガニスタンで過激派の追跡任務にあたった。
海外での任務を8回経験したマヴルーカスは、第一子の誕生を機に、2015年に軍を離れ、2度と軍に戻るつもりはなかったという。そして、ウォートン・スクールでMBAを取得し、ビリオネアのロバート・スミス率いるソフトウェア特化型プライベートエクイティ企業、Vista Equity Partnersで約4年間勤務した。彼はそこで企業買収と業務改善の手法を徹底的に学んだが、やがて自分の仕事の意義に疑問を抱くようになった。退役から7年が経ったころの彼は、「かつての使命感がなくなった。自分は何のために働いているのか?」と思っていたという。
そして2022年、Anduril(アンドゥリル)、Palantir(パランティア)などが既存の大手を退けて国防総省の大型契約を勝ち取る姿を見て、マヴルーカスは自らも同じ道を進む決意を固め、防衛テック企業を立ち上げた。
海軍が遅れを取っている「自律航行」に注目
彼が注目したのは、海軍がこの分野で遅れを取っていると感じていた「自律航行」だった。当時のこの分野の同業他社の多くは、他社のソフトウェアを寄せ集めて船を建造する従来型の造船企業だった。そこでマヴルーカスは、かつてLiquid Roboticsで働いていたエンジニアのダグ・ランバート、政府調達の専門家のロブ・レーマン、Andurilで自律航行ソフトを開発していたヴィバヴ・アルテカーなどの共同創業者と、ハードウェアとソフトウェアをすべて自社内に統合し、大量生産を前提とした小型無人艇を設計・開発する計画を立てた。
マヴルーカスによれば、Saronicは業界最高水準の自律航行技術を確立しており、1人のオペレーターが最大24隻の船を同時に制御できることを実証したという。同社独自の指令ソフト「Echelon(エシュロン)」は、マップ上で特定の船の航路を設定したり、編隊を組ませて1隻のリーダー船に追従させたり、特定の海域を自律的に探索させたりすることが可能という。また、マウスをクリックするだけで、船載カメラの映像やエンジンオイル、冷却水の温度などの稼働状況を確認できる。
Saronicは現在、テキサス州ガルベストンやバージニア州ニューポートビーチなどの混み合った港で実地試験を行っており、複数の船を避けつつ航路交通を抜けて外洋へ出る運用テストを繰り返している。「これまでの運用試験では、ほとんどの場合で手動介入は一切必要なかった」とアルテカーは語る。
荒波と電波妨害、実戦に不可欠な2つの能力に潜む課題
しかし業界内には、Saronicの主張を懐疑的に見る声もある。同社の競合のEureka Naval Craft(ユーレカ・ネーバル・クラフト)で副社長を務め、海上特殊作戦と諜報活動の経験を持つリチャード・バイノは、「現時点では、どの小型無人艇メーカーも、公的なものや第三者の検証で実戦に不可欠な2つの能力を実証できていない」と指摘する。それは、高波でマストの信号が遮断されやすい荒波の中での通信の維持能力や、電波妨害下での運用能力という。
「このような船は、湾内の航行には問題がないが、外洋に出れば状況はまったく違う。電波妨害を受けたら、そんな小さな船はまず生き残れない」とバイノは語る。
Saronicは、自社の装備はそうした条件下でも機能することを実証しており、技術や性能についても「誇張は一切していない」と主張する。「私たちは技術や性能を誇張したりはしていない」と広報担当のエリン・ペイスは語った。
米海軍はSaronicに関する質問や、試験中の無人艇の性能についてのコメントに応じなかった。
海上試験で露呈した事故、技術成熟度に疑問
また、今夏にカリフォルニア沖で行われた海軍の試験においても、同社のようなスタートアップの技術の成熟度に疑問が投げかけられた。ロイターによれば、牽引中のBlackSeaの船が突然作動して牽引していた船を転覆させ、船長が海に投げ出された。別のケースではBlackSeaとSaronicの船が、エンジン停止をきっかけに衝突したという。
「私たちのプラットフォームが原因となった事故や安全上の問題は1度も起きていない」とマヴルーカスは語る。とはいえ、こうしたトラブルこそが技術の限界を知り、改良を重ねる機会になると彼は主張する。「もし事故がまったく起きていないなら、それは前進が遅すぎるということだ」。


