海外

2025.10.08 10:30

中国に勝つ「自動航行する無人高速艇」の理想──造船大国を夢見る新興の現実

Saronicの自律航行艇「Corsair」(C)Saronic

Saronicの自律航行艇「Corsair」(C)Saronic

元ネイビーシールズ出身のディノ・マヴルーカスが率いるSaronic((サロニック)は、艦艇という概念そのものを塗り替えようとしている。同社が目指すのは、人間を乗せずに哨戒・補給・交戦までこなす無人高速艇の量産だ。これにより、失われた米国造船業の競争力を取り戻そうとしている。中国が世界の商業船建造の53%を掌握し、米国のシェアが0.1%にまで落ち込んだ現状を覆すという、野心でもある。

だが、この計画には深刻な不安もつきまとう。自律航行ソフトの信頼性は確立されておらず、海上試験では実際に事故も発生した。艦艇の数だけを増やしても、維持管理の負担が膨張すれば軍の運用を阻害しかねない。業界関係者からは「大量生産は理想論だ」との冷ややかな声も聞かれる。革新的な構想か、現実離れした幻想か。Saronicの挑戦は、海洋覇権の未来を占う試金石だ。

元ネイビーシールズCEO自らが溶接、無人艇「マローダー」から始まる挑戦

8月の蒸し暑い朝、ルイジアナ州フランクリンのサトウキビ畑に囲まれた造船所には、テキサス州オースティンの本社から駆けつけたスーツ姿のSaronicの幹部たちが並んでいた。その隣には、地元の政治家や、閉鎖の危機にあった造船所が資金力のある無人高速艇メーカーに買収されたことで職を失わずに済んだ作業員たちの姿もあった。

Saronicのディノ・マヴルーカスCEOは、人々が見守るなか耐火コートと手袋、溶接用マスクを身に着けた。そして、火花を散らしながら慎重に自社のエンブレムを無人艇「マローダー」に溶接した。全長約46メートルのこの船は、創業3年の同社がこれまでに手がけた中で最大だ。

Saronicが設計したこの無人艇は、全長約12メートルの貨物コンテナを最大2基積載し、人間の乗組員を乗せた船よりも30%低いコストで最大約5600キロを航行できる。この船は、米国内の小規模港への商業貨物の輸送、太平洋全域に展開する米軍への戦時補給、ミサイル発射装置を搭載して敵に大打撃を与えるといった任務にも最適だ。

穏やかな人柄で知られるマヴルーカスCEOは、「マローダー」の建造を、米国が海の覇権を取り戻すための大きな1歩と考えている。マヴルーカスが目指すのは、人間の乗組員とその生命維持システムをすべて排除することだ。これにより、船の構造はより単純になり、建造の迅速化と低コスト化が実現できると彼は語る。それが、長年衰退してきた米国の造船業を再び活性化させる可能性を秘めているという。

「私たちは中国と競うだけではなく、彼らを凌駕する造船力を手に入れたい」とマヴルーカスはフォーブスに語った。

中国シェア53%という現実、米国の造船業は覇権を取り戻せるのか

もっとも、米海軍の特殊部隊「ネイビーシールズ」出身の彼が直面する現実は厳しい。中国は過去20年間、低賃金と巨額の国家投資を武器に、造船業の「傍観者」から世界の支配的プレーヤーへと急成長を遂げた。シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)の最新の推計によれば、中国は現在、世界の商業船の53%を建造している一方、第二次世界大戦の直後に世界の造船王国だった米国のシェアは、わずか0.1%にまで落ち込んだ。

中国国営の中国船舶集団(CSSC)が建造した商船の総トン数は、昨年だけで戦後の米国造船業全体の累計を上回った。米国の艦艇は依然として中国の2倍のミサイル発射セルを備えているものの、艦艇数ではすでに中国海軍が米海軍を上回っている。

台湾有事をにらみ拡大する米海軍と輸送艦隊

台湾をめぐる衝突の可能性が高まるなか、米情報機関は「習近平が2027年までに侵攻準備を整えるよう軍に命じている」と警告しており、政府は高度な警戒態勢を敷いている。議会の与野党はともに、太平洋での戦争を想定し、海軍とそれを支援する民間輸送艦隊の拡充を進めている。7月に成立したトランプ大統領の「ビッグ・ビューティフル法案」には、海軍造船および産業基盤再生のための290億ドル(約4.3兆円。1ドル=151円換算)が盛り込まれた。しかし、国内の造船所の生産能力と熟練労働者の不足というボトルネックは、短期間で解消できるものではない。

そんな中、Saronicは近年増えつつある国防総省に新たなアプローチを提案する防衛系スタートアップの1社として、安価で小型の無人艇を大量生産し、群れのように投入することで人命を危険にさらさずに哨戒や補給、戦闘を行えるようにする構想を掲げている。このアプローチであれば、仮に1隻を失っても、大きな損失にはならない。

次ページ > 評価額約6040億円、防衛テックの寵児として巨額資金を調達

翻訳=上田裕資

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事