バイオ

2025.10.07 08:15

遺伝子変異は武器になる:甲状腺とイトヨが示す生存戦略

プレスリリースより

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人間の病気にはDNAの突然変異によって引き起こされるものがある。その代表格が「がん」だが、甲状腺の機能低下もそのひとつ。だが、甲状腺の機能が低下したことで環境に順応して元気に生きる動物もいる。病気とはいったいなんなのか、イトヨという小さな魚がそんな疑問を投げかけた。

DNAの突然変異は、じつは環境が変われば有利になるのではないかとの仮説を立てた国立遺伝学研究所生態遺伝学研究室の北野潤教授らによる研究グループは、10年以上前に行ったトゲウオ科の魚、イトヨのホルモンに関する調査結果に着目した。イトヨの多くは淡水域で生まれてから海に出て育つのだが、ずっと淡水に留まるものもいる。そんな淡水に暮らすイトヨは、甲状腺ホルモンの量が非常に少なかったのだ。

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甲状腺ホルモン量が低下すると、ヒトなら甲状腺機能低下症という病気と判断される。実際、体の不具合や抑うつ症状などの心の不調も招く。イトヨの場合は甲状腺ホルモン量が減ったことで体の代謝率が下がるが、餌が少ない淡水域ではそれが有利に働いている。

研究グループは、日本各地に生息する淡水イトヨのゲノム配列を調査したところ、甲状腺刺激ホルモン受容体に、ヒトの甲状腺機能低下を引き起こす突然変異ときわめてよく似た変異を持つ集団を発見した。ヒトでは甲状腺機能低下症となる変異が、イトヨではなんら悪さをすることなく、むしろ環境への「適応」をもたらした。

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北野教授はこの研究成果が「いったい病気とは何なのか?」という予防医学的、進化医学的な考察に重要な知見を提供すると話している。

また、同じ集団で1パーセント以上の人に見られる遺伝子の個人差(たとえばお酒の強さや髪の色など)を遺伝子多型というが、この研究から、遺伝子多型にはイトヨの甲状腺のように、じつはなんらかの機能があり、それが特定の環境で有利に働くことがある可能性を検証していきたいということだ。

プレスリリース

文 = 金井哲夫

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