国内

2025.10.08 13:30

小さな鉄道の逆転劇:川村雄介の飛耳長目

しかし、江ノ電を救ったのは環境変化だけではなかった。観光スポットとタイアップした多様なイベントや外面をすべて広告に使う広告電車のいち早い導入、関連グッズの積極的投入、ほかのローカル鉄道とのコラボ、交通規制の厳しい鎌倉への移動をマイカー利用と連結させる交通需要管理システムの開発など、不断の経営努力を続けていた。広い視野から事業の横展開を図り、本業と付帯事業をシンクロさせながら本業そのものを膨らませていく戦略である。巨大テーマパークの成功事例やメディアミックス戦略に通じるものがあると感じている。

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コロナ明け後は爆発的なインバウンドがこの動きを加速させているが、江ノ電はアニメやサブカルと連動させることを忘れていない。古都鎌倉の伝統文化と江の島の若者文化に、グローバルな現代日本のカルチャーを融合させる「幹線」となっている。「クールジャパン電鉄」と称しても良い。 

受動的に環境に身を任せているのではない。環境を主体的に自社の経営に取り込んでいるのだ。他律的ではない自律的な経営センスこそが、今日の超人気路線を生み出した秘訣である。

最近、本業が衰退していく企業の多くはM&Aを活用しているが、資金調達に難のある中堅会社にとってはハードルが高い。江ノ電は売り上げ100億円程度、総資産160億円程度の規模と推測される。この規模の他企業にとって、同社の成功事例は大きな参考になるのではないか。

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この日の夜は花火大会であった。稲村ヶ崎から藤沢行の江ノ電に乗った。相変わらず満員で、浴衣姿の若者たちは中国語を交わしている。望見する大波小波がほんのり明るいのは夜光虫のせいだろうか。

かつて「読売平和灯」と呼ばれた江の島の灯台は、「シーキャンドル」に衣替えしている。鮮やかな花火に負けない華麗なイルミネーションが夜空に映える。そのサーチライトに照らされる江の島海岸は、夜目にもゴミのない美しい海岸線を描いていた。


川村雄介◎一般社団法人 グローカル政策研究所 代表理事。1953年、神奈川県生まれ。長崎大学経済学部教授、大和総研副理事長を経て、現職。東京大学工学部アドバイザリー・ボードを兼務。

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