展覧会、芸術祭、フェア、コレクションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口に知られざるアートな話をお届けしていく。34年ぶりに新造船された豪華客船「飛鳥III」。「洋上の日本パビリオン」の正体とは。
2025年7月20日、多くの人に見送られながら横浜港を出港した「飛鳥III」は6日後、函館・小樽を巡る航海から戻ってきた。船中央のアスカプラザで下船を待つ人々の顔には充足感が漂う。階上のギャラリーカフェからは、アンカー・シップ・パートナーズ社長の篠田哲郎がその様子をうれしそうに見守っていた。
同社は、飛鳥クルーズを運航する郵船クルーズに出資する事業パートナーで、主に企画や資金調達を担う。例えば21年以降、人間国宝が多数所属する日本工芸会と連携し、飛鳥IIで工芸品コレクションの展示販売を始めた。
飛鳥IIIにおいては、日本郵船が提示した「資金が集まれば」という造船条件のもと、全国各地の地銀から融資を受け、パンデミックという大逆風のなかドイツのマイヤー造船所に発注。こうした契約では「2025年前半竣工」などざっくり決めることが多いなか、「彼らはその時点で2025年4月10日と指定し、その通りに引き渡しが行われました。ドイツのクラフツマンシップに感服しました」と篠田は振り返る。
船の顔ともいえるアトリウムを飾るのは、漆芸家で人間国宝の室瀬和美が手がけた「耀光耀瑛(ようこう・ようえい)」。高さ約9m・幅約3mの大型漆芸作品は、上部3分の2が金箔と蒔絵、下部が黒地に螺鈿という構成で、降り注ぐ光と水面に反射する光を表現している。「約3年をかけたプロジェクトで、息子世代とともに制作したことで10年分の経験が伝承できたと実感している。期間中に金の高騰を受け、金と貝を混ぜる工夫をするなど手間は何倍も増えたが、その分良いコントラストができた」と室瀬。



