経済・社会

2025.10.17 13:30

トランプ関税が開く地経学の扉:地経学研究所の一葉知秋

地経学に関する連載を始めるにあたり、まずは「地経学」とは何かを説明しておきたい。地経学とは、地政学を経済的な側面に着目して分析する枠組みである。地政学は国家の地理的な条件に基づき、国家のパワーや行動を分析するものだが、地経学は、各国のパワーが経済的な要素、特に他国に対して影響力を与えられるような「不可欠性」をもっているかどうか、そして、他国から影響を受けることを避けるための「自律性」が備わっているかどうかを検討する。

地経学に注目が集まる背景には、ルールに基づく自由貿易体制が揺らいでいることがあげられる。これまでGATT(関税及び貿易に関する一般協定)、WTO(世界貿易機関)が自由貿易を推進するルールであり、そのルールに従って関税を下げ、自由に貿易や投資を行うことが経済成長につながると考えられてきた。実際、世界経済は大きく成長したのだが、一部の先進国においては、競争力を失った製造業が他国に移転し、その結果、失業者が増え、社会が荒廃するといった問題に直面した。また、自由貿易が進むことによって、比較優位の原則が働き、国際分業が徹底されるようになって、特定の国に産業が集中するようになった。

こうした背景から、第2次トランプ政権では、失われた雇用を取り戻すために、製造業の復活を訴え、その手段として関税を使うようになった。これは、自由貿易によって、多くの国が世界最大の市場である、アメリカへの輸出に依存するようになり、その輸出を難しくする関税をかけられると、アメリカへの輸出に依存する多くの国が経済的に困難に直面することになる。つまり、第2次トランプ政権は、アメリカの「市場の不可欠性」をテコとして、他国に圧力をかけ、アメリカへの投資や市場開放といったことを要求したのである。そして、関税を避けるために、アメリカ国内での生産を増やすことで、アメリカ市場での経済活動を維持するという選択を迫ったのである。要するに、関税によってアメリカへの投資を増やし、製造業を呼び込むことで、製造業の復活、すなわち雇用の回復を目指したのである。もっとも、省力化や自動化が進む現代においては製造業が戻ってきても、雇用につながるとは限らないのだが。
 
第2次トランプ政権の関税政策は、日本を含む多くの国との交渉を通じて、その成果を得ることができた。東南アジアやグローバルサウスの国々には、アメリカ製品の輸入に対する関税を撤廃させる一方で、アメリカへの輸出品に19-20%といった水準の関税をかけることとなった。日本や韓国、EUに対しては、市場開放よりもアメリカへの投資を求め、日本は5500億ドル、韓国は3500億ドル、EUは6000億ドルの投資をすることが約束された。また、トランプ大統領の盟友であるボルソナロ前大統領の裁判を阻止するために、ブラジルには50%、パキスタンとの停戦におけるトランプ大統領の功績を認めず、ロシアからの原油を調達し続けるインドに対しても50%の高関税をかけ、圧力をかけているのも「市場の不可欠性」をテコにしたパワーの行使と言えるだろう。

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