起業家

2025.10.02 12:30

37歳で資産2.6兆円に到達、評価額3.5兆円の「Surge AI」率いる異端の起業家

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教師データが勝敗を決める、データラベリング高度化の現在地

かつてのデータラベリング業界では、途上国の労働者たちが、わずかな報酬でパソコンに向かい、犬と猫を見分けるといった単純作業を担っていた。しかしSurge AIは、「従来型のデータラベリングとは一線を画す」と主張しており、大学教授や専門家を含む高度な人材を、データのラベル付けを行う「アノテーター」として雇用し、オンラインのチャットボットとやり取りさせている。

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彼らは、チャットボットに誤った答えや有害な答えをわざと吐き出させ、それを修正してより良い回答を書き直すよう指示されることもある。あるいは、同じ質問に対する複数のAIの応答を比較し、どちらが優れているかを、理由を添えて説明させられる場合もある。

収益規模で見れば、Surge AIは今や業界最大手だ。しかし、6月にメタが140億ドル(約2.1兆円)で49%を取得したScale AIをはじめ、Turing(チューリング)、Mercor(メルコア)、Invisible AI(インビジブルAI)といった競合が急速に追い上げている。調査会社IDCの推計によれば、企業が2024年にAIインフラに投じた資金は1040億ドル(約15.3兆円)に達し、今年はさらに拡大する見通しだ。

「データはAIインフラの重要要素の1つで、計算能力やエネルギーと並ぶ存在だ。計算資源にかける費用の1〜2割をデータに振り向けるのは理にかなっている」と、カリフォルニア州パロアルトを拠点とするTuringのCEO、ジョナサン・シッダースは語る。

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そして、誰もがこの分野に食い込もうとしている。今年5月にはジェフ・ベゾスがオランダのデータラベリング企業Toloka(トロカ)に7200万ドル(約106億円)を投じた。ライドシェア大手ウーバーは2024年から自社データのラベリングを開始した。そして、オーストラリアを拠点とするAppen(アッペン)のような老舗プレイヤーも、中国のAI開発企業へのデータの提供を増やしており、生成AIに焦点を当てるべくブランドを再構築している。

そんな中で、チェンは着実に会社を育て、評判を積み上げてきた。「Surge AIは、自分たちがやっていることをほとんど明かしたがらない」と現役のメタの研究者は語る。しかし業界が進化する中で、チェンはもはや舞台裏にとどまるつもりはない。

現在のAIモデルは、本来と違う方向に最適化されている

彼は、現在のAIモデルが本来と違う方向に最適化されていることに強い危機感を抱いている。それはユーザーを「妄想の穴」に引きずり込むようなもので、かつて彼が勤めていたYouTubeやツイッターで、アルゴリズムがクリックを稼ぐことだけに最適化されていたのと同じだという。

だからこそチェンは、Surge AIを通じて「AI業界を正しい方向に導きたい」と考え、自ら思想的リーダーとしての役割を果たそうとしている。メタの研究者は「ようやくその時が来た」と言う。「Surge AIは本当に優秀だし、業界の人はみんな知っている。私はチェンに『なぜあなたはもっと有名じゃないと思うのか』と尋ねたことがあるんだ」と、その人物は語った。

数学と言語に魅せられた少年時代

チェンが育ったのは、フロリダ州クリスタルリバーだ。メキシコ湾沿いの小さな町で、人口は3400人ほどしかない。この町は、テック業界のビリオネアよりも海牛類(海牛目の哺乳類)のマナティーや、リタイア層が暮らすことで知られている。台湾から米国に移住した両親は「北京ガーデン」という名前の中華・タイ・アメリカ料理のレストランを営み、チェンも10代の頃はそこで働いていた。

彼が夢中になったのは、言語と数学の世界で、それも別々にではなく、両者の結びつきに関してだった。チェンは「言語の背後にある数学的な仕組みにずっと関心があった」と語る。子ども時代に「20カ国語くらいを学びたい」と思い、スペリング・ビー(単語の綴りを競う大会)に熱中していた。

彼は今もフランス語やスペイン語、中国語を少し話すことができ、かつて学んだヒンディー語やドイツ語の知識も残っている。数学は最初から得意だったが、特に彼の想像力をかき立てたのは数字に独特のパターンがあることに気づいたときだった。「たとえば3という数字は、花びらから山まであらゆるものの中に現れる」と彼は語る。

中学2年ですでに微積分を学んでいたチェンは、高校の最後の2年間をコネティカット州の名門寄宿学校チョート校に奨学金全額支給で通った。ここは、ジョン・F・ケネディやジョン・ドス・パソス、イヴァンカ・トランプなどを輩出していることで知られる。そして、同校の数学カリキュラムを修了し尽くした後の最終学年の大半を、同校でも教えていたイェール大学の教授のもとで自由研究に費やした。

卒業後は、マサチューセッツ工科大学(MIT)に進学し数学を専攻、言語学協会を立ち上げ、6時間ごとに30分眠るという多相性睡眠法まで試していた。

MITで3年を過ごしたチェンは、その後、ピーター・ティールがかつて運営していたサンフランシスコのヘッジファンドにインターンとして務め、その仕事が気に入ったため大学には戻らなかった。ただし、必修課程は修了していたので学位を申請し、2年後に授与された。

続いてツイッター(現X)、グーグル、フェイスブックで働き、コンテンツのモデレーション、レコメンデーション・アルゴリズムに関わる職務を担当した。そこで何度も直面したのは、人間がラベル付けをした高品質なデータを大規模に確保するのが難しいという課題だった。

2020年、チェンは最後に在籍していたツイッターを辞め、この難題を自ら解こうと決意して同年、Surge AIを設立した。「この仕組みの原型は、過去10年にわたって私が作り続けてきたものだ」と彼は語る。

生活のあらゆる側面に意識的なチェンはヴィーガンで、ほとんどの日に2万歩を歩き、「ニューヨークの街を歩いているときに最も良い考えが浮かぶことが多い」と話す。彼は、週に一度か二度は、真夜中にタイムズスクエアまで歩いている。

「ここには人類の縮図がある。ブロードウェイの俳優や世界中から訪れる観光客、夜勤の労働者、アーティスト──それらが、光とテクノロジーと都市のインフラに囲まれているのを見るのが好きなんだ」。

エミネムの大ファンだという彼が、このとき口にしたのはジェイ・Zとアリシア・キーズの楽曲『Empire State of Mind』の一節だった。

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翻訳=上田裕資

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