今年の中秋の名月は10月6日である。旧暦の8月15日の夜の名月をめでる習慣は、平安時代に中国から伝わったと言われ、日本では月見団子を供えるのが習わしだが、中国では満月のような丸い形の月餅が供物として広く知られている。
9月のある日、筆者が主宰しているガチ中華を愛好するSNSコミュニティ「東京ディープチャイナ(TDC)」のメンバーの1人がこんな提案をした。「日本で買える月餅をいろいろ集めて、みんなで食べ比べをしてみませんか」と。
ふだんは甘いものをほとんど口にしない筆者にはとても思いもつかない発案だったのだが、こういう企画は嫌いではない。何人かのメンバーも面白いと賛同した。
この時期、中国を訪ねると、知人から豪勢な月餅を何度かもらったことがあったが、とはいえ、そもそも日本ではどこで売られているのかも覚束なかった。
新宿中村屋の本格麻婆豆腐
9月中旬、世代や性別の異なるメンバー有志7名が集まり、各自がそれぞれに買い集めた月餅約30種を試食し、「味」「独自性」「見た目」「食べやすさ」「ギフト性」などの観点から自由に評定したうえ、「TDC勝手に月餅グランプリ」を選定した。
審査の経緯や結果についてや、ここ最近メンバーの人たちが中国や台湾を訪れて見つけてきた現地の月餅に関するレポートなどは、東京ディープチャイナの同企画のウェブ記事に譲るとする。
しかし今回、月餅を手に入れるため、メンバーはいろいろな場所を駆けまわった。ある人間は都内に最近増えている中国人オーナー経営の中華菓子やパンの店の月餅を購入し、またある人間は有名な中華料理店などのオンラインで取り寄せできるものを、独自のルートで買い集めてくれた。中国出身の女性メンバーは親しい店のオーナーのつくり立ての月餅を用意してくれた。
筆者にとっては苦手なジャンルなだけに、手に入れるには王道しかないということで、横浜の中華街まで足を運び、有名店や中華菓子専門店などの月餅を買い集めることにした。中華街では9月に入ると、あちこちで「中秋の名月」の幟がはためき、各店ごとに多種多様な月餅が販売されていた。結果として、この1カ月ほど筆者は世に存在する月餅について、情報のアンテナを広げることになった。いまさらながらかもしれないが、スーパーのような身近な場所に、ごくふつうに月餅が売られていることにも気づいた。
そんななか、たまたま入手したのが、菓子パンコーナーの並びに置かれていた山崎パンの月餅だったのだが、それが今回のコラムを書くきっかけともなった。
「中村さん、山崎パンというのは、新宿中村屋と縁のある人が始めた会社なのですよ」
そう教えてくれたのは、今回の月餅企画に参加した1人でもある、「羊齧(ひつじかじり)協会」の代表の菊池一弘さんだった。彼は毎年11月、東京の中野セントラルパークで「羊フェスタ」というイベントを主催している。
菊池さんの言葉をきっかけに調べると、1948年3月に千葉県市川市に「山崎製パン所(現山崎製パン株式会社)」を開業した創業者の飯島藤十郎は、「新宿中村屋」の創業者である相馬愛蔵の影響でクリスチャンになったのだという。
数年前に書いた「しびれる辛さがやみつきに。『麻辣グランプリ』に輝いた食品は?」というコラムでも紹介したが、菊池さんは「麻辣連盟」なる麻辣グルメを日本に広める活動をしている中川正道さんと一緒に、「四川フェス」という食フェスも実施している人物だ。そんな彼は、今年4月、「新宿中村屋の歴史と本格麻婆豆腐を味わう!」というイベントを開催していた。
これは、その後の5月に開催された「四川フェス」のプレイベントだったが、菊池さんはそのいきさつについてこう話す。
「昨年、新宿にある中村屋さんで初めて麻婆豆腐を食べました。中村屋さんといえばカレーのイメージですが、まさか、こんな上品な空間で真っ赤ラー油、豆瓣醤が香る、超本格的な麻婆豆腐が食べられるとは! そこから何かを一緒にやりましょうということで、共同イベントの開催ということになりました。中村屋さんの四川フェスの参加が決まりました」
筆者はこのイベントに参加していたことから、そのとき初めて、新宿中村屋のレストランで麻婆豆腐を供していること、しかも1971年からの定番メニューであったことを知った。



