「同じピアノなのに、なぜ奏者によって音色が違うのか?」
20世紀初めからNature誌でも議論され、100年以上続いたこの謎が、ついに科学的に解明された。一般社団法人NeuroPianoとソニーコンピュータサイエンス研究所の研究チームが、ピアニストの「タッチ」が実際に音色を変えることを世界で初めて科学的に証明し、その成果が国際科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に発表された。
鍵盤の動きを1000分の1秒で計測
研究の鍵となったのは、独自開発の高精度非接触センサー「Hackkey」だ。このセンサーは88鍵すべての動きを非常に細かく測定できる。光の反射を利用して鍵盤の位置を計測する仕組みで、これまで見えなかった指の微妙な動きの違いを記録した。
著名なピアニスト20名に「明るい音」「暗い音」「軽い音」「重い音」など様々な音色で演奏してもらい、その時の鍵盤の動きを詳細に分析。さらに、その演奏音をピアニストと音楽未経験者40名に聴いてもらったところ、演奏者が意図した音色が聴き手の経験に関わらず正確に伝わることが確認された。特にピアニストは音色の違いをより敏感に聴き分けることができた。
重要なのは、音量やテンポといった従来音色に影響すると考えられていた要素を揃えた状態でも、音色の違いを聴き分けられたことだ。
音色の違いは限られた動きの特徴で決まる
詳しく分析した結果、音色の違いを生み出すのは、主に「鍵盤の特定部分を通る時の速さの変化」「鍵盤を押し始める時の速さ」「続けて弾く音の重なり具合」「両手の同期のずれ」といった限られた動きの特徴であることがわかった。
さらに驚くべきことに、これらの特徴を1つだけ変えて演奏しても、聴き手には明確に異なる音色として聞こえることが実験で証明された。つまり、ピアニストが長年培ってきたタッチによる音色操作は、単なる気のせいや思い込みではなく、科学的に裏付けられた確かな技術だったのだ。
音楽教育や他分野への応用に期待
この成果により「音色を生み出す具体的な動きの特徴を目で見て指導できる可能性が開け、効率的な練習につながる」としている。また「学習者に対して適切な手の動きを示すシステムに応用することで、これまで言葉では伝えにくかった音色表現の技術を効率的に教えられる可能性がある」と説明している。
研究の意義は音楽にとどまらない。細かい手の動きが人の感じ方に与える影響の仕組みがわかったことで、リハビリテーション、技能の継承、機器の操作方法の改善など様々な分野への応用が期待されるとしている。
音楽の世界では科学的なアプローチの導入が他分野と比べて遅れていたと研究者らは指摘する。今回の成果により、証拠に基づいた新しい音楽教育が生まれ、演奏家がより効果的に表現力を発揮できる環境が整う可能性があると述べている。



