放送作家・脚本家の小山薫堂が経営する会員制ビストロ「blank」に、大垣書店 取締役/営業本部長の大垣守可さんが訪れました。 スペシャル対談第19回(後編)。
小山薫堂(以下、小山):大垣書店は出版事業にも積極的ですよね。
大垣守可(以下、大垣):ええ。ECで本が自宅に届く時代に、書店は「どうすればリアル店舗を楽しんでもらえるか」というのが一番の課題です。求めている本が手に入るという安心感を担保しつつ、「こんなものもあるんだ!?」という驚きをもってもらえるものを考え、昨年6月、無料の批評誌『羅』を出版しました。
小山:こんな贅沢なつくりで無料!?攻めてますね。こちらのもう一冊は?
大垣:昨年10月に創刊した『KYOTOZINE』というタウン誌です。実は京都には『Leaf』というタウン誌があって、大垣書店でも10年以上、雑誌の売り上げナンバーワンだったのですが、2023年12月に休刊となり、これが非常にショックで......。そんななか、元『Leaf』の関係者の方と「京都の魅力を発信していく新たな雑誌をつくれないものだろうか」という話になり、創刊を決めました。これまで4号、出ています。
小山:誌面のテーマ設定や企画づくりにおいて気をつけたことはありますか?
大垣:速度や情報量はウェブに勝てないので、京都に暮らす人たちの生活の一部になるような、長期的な視点で内容を考えています。背表紙をつけたのは、何号か本棚に並んだときに“京都生活全集”みたいになったらいいなと。あとは、書店に人を呼び込める仕掛けになっているかも重要視しています。ピンポイントであればあるほど、響く人の数が増える実感がありますね。
大量生産、大量消費とは違う文脈
小山:結局のところ、戦略とか企みより、僕は“熱狂”だと思うんです。仕掛ける本人が命懸けでやって、そこに人が集まる。そういう意味では大垣さんがプロデュースした「堀川新文化ビルヂング」も、書店にカフェ併設だけなら普通なんだけど、印刷工房があるというのがユニークですよね。
大垣:あれはもともと京都府のプロポーザルであり、その要件のひとつだった「伝統工芸の活性化」と、「リアル書店や紙の本だから得られる楽しさ」という課題を掛け合わせたとき、「本がつくれる本屋」というコンセプトが生まれたんですね。そのコンセプトに共感してくれた印刷会社さんが入居してくれて、活版印刷をはじめ、さまざまな本づくりに協力してくれています。
小山:何か印象的だった本の事例はありますか。
大垣:あるテキスタイルデザイナーさんから、ご自分の書籍の表紙と裏表紙にシルクを貼りたいと相談されて。機械では当然できず、印刷会社さんが掛け軸の表具師さんに相談したところ、ある技術を使わせてもらえることになりました。いわゆる大量生産、大量消費とは違う文脈からモノづくりを設計していくと、伝統工芸の技術が本にも使える。それはとても感動したし、誰もがそんなふうにオリジナリティあふれた一冊をつくれたらいいなと思っています。
小山:いま個人編集のZINEがじんわりとブームになっていますしね。僕は大阪万博で「EARTH MART」というパビリオンをプロデュースしたのですが、なかの売店の一番の売れ筋は、僕が書いた「一食入魂」という文字を利用したステッカーやTシャツなんです(笑)。で、いま思ったけれど、「命」をテーマにした詩集とかどうかなと。実はずっと詩集を出したかったんですよ。ZINEって、皆さん、何冊くらいつくって、いくらで売るんですか?
大垣:採算を取ろうと思うのであれば、1冊あたりの原価に対して2倍の価格が落ち着くところでしょうか。1冊つくるのに1500円の原価がかかるって、普通の出版ではありえない。でも、3000円のクオリティを担保すればできることだし、部数が少ないので売り切ることができます。



