スペースXとエコスターが交わした契約が、世界のモバイル業界に新たな緊張を生み出している。人工衛星とスマートフォンを直接結ぶDTC(Direct to Cell)サービスは、すでにスターリンク衛星を使用する一部のキャリア(通信事業者)によって展開されているが、今回の両社の提携は、早くもそのマーケットに大きな変革をもたらそうとしている。
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スペースXがモバイルキャリアに?
スペースXは9月8日、米国の通信事業会社エコスターから、米国内で使用可能な2つの周波数帯(AWS-4、PCS-H、ともにSバンド)と、全世界で使用可能な移動衛星サービス(MSS:Mobile Satellite. Service)のライセンスを、170億ドル(約2兆5500億円)で購入したと発表した。
スペースXは現在、DTCにおいては衛星通信プロバイダー(人工衛星を運用して通信サービスを提供する事業体)としての立場にあり、一般顧客に向けたDTCサービス事業は、同社と提携するTモバイル(米国)やKDDIなどのキャリアによって展開されている。しかし、今回のエコスターとの契約によって、独自の周波数帯を獲得したスペースXは、自らがキャリアとなり、DTCサービスを一般顧客へ提供することが可能になる。つまり、世界レベルのモバイルキャリア「スターリンクフォン」が誕生する可能性がある。
この契約が発表されてから2日後、イーロン・マスク氏はYouTubeの「All-In Podcast」にライブ出演し、「これは長期的なプロジェクトです。この周波数帯の利用により、スターリンク衛星はスマートフォンに対して高帯域幅による接続を直接提供できるようになり、どこにいてもスマホで動画を視聴できるようになるでしょう」と語った。高帯域幅とはデータ転送量が多く、通信速度が速い状態を意味し、そのパフォーマンスは4G LTEに匹敵すると示唆されている。またマスク氏は、「スペースXは他の通信事業者を廃業に追い込むつもりはありません。それぞれが多くの周波数帯を持っているので彼らは存続し続けるでしょう。しかし、皆さんは今後Tモバイルなどと同様に、スターリンクを(キャリアとして)活用できるようになるでしょう」と語った。
現行の市販スマホは使えない
ただし、現在市販されているスマホはこの周波数帯に対応していないため、そこに実装されるチップセットを改良する必要があり、スターリンク衛星に搭載されるモデムも同じく変更する必要がある。この点に関してマスク氏は、「この改良にはおそらく2年ほどかかり、対応可能なスマートフォンは約2年後に市場に出始めると思う」と予見した。

チップセットは「SoC(システム・オン・チップ)」とも呼ばれ、通信機能を担うモデム、CPU、GPUなどをひとつの半導体チップに集積させたもの。その対応に関してスペースXのCOO(最高執行責任者)、グウィン・ショットウェル氏は9月16日、「当社はチップメーカーと協力し、(すでにその開発に)取り組んでいる」とコメント。2026年末にはその実証テストを開始し、2年以内にはそのチップセットを搭載したスターリンク衛星を打ち上げはじめるとした。チップメーカーの具体名は明らかにされていないが、その主要メーカーとしては、クアルコム、メディアテック、アップル、サムスンなどが挙げられる。



