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2025.09.29 18:00

「幸せすぎる」ことが必ずしも良いとは限らないのはなぜ? 心理学者が解説

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性格と文化が幸福に与える影響

この研究では、幸福の恩恵は性格に左右されることもわかった。例えば、神経症の傾向特性が強く不安や心配を感じやすい人は、思い切って多少の心配を受け入れれば骨の折れるタスクでも良い結果を出すことがある。

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この場合、心配は良いパフォーマンスを生み出す原動力となる。心配することで集中力が研ぎ澄まされ、徹底した準備をするようになるのだ。「非常に幸せ」でリラックスしていたら、その優位性は失われるかもしれない。

つまり、不安を感じやすい傾向の人にとっては、完全に気楽な状態でいるよりも適度な幸福感と多少の心配が組み合わさっている方が実は機能的なのだ。一見「否定的」に見える感情も、実はその人や状況によっては適応性のあるものである可能性があるということになる。

研究者らはまた、文化によってポジティブな感情のとらえ方が異なることも指摘している。これにより人がそれぞれに最高の幸福をどのようなものとみているのかが決まる。

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例えば、幸福はある文化圏では興奮や活発であることとして認識されるかもしれず、別の文化圏では落ち着きや心の平穏として認識されるかもしれない。こうした幸福のとらえ方の違いは異なる結果をもたらす可能性がある。活力に満ちた幸福は人々を成果に向かわせ、穏やかな幸福は社会的な絆を強めるかもしれない。

何をもって「最高の」あるいは「最も機能的な」幸福とするかは、その人の性格や住んでいる場所、信じている文化的価値観によって決まる。

幸せを追求しすぎて疲れることも

幸せになりたいと思うのは自然なことであり、良い人生を目指して努力することは何も悪いことではない。しかしこの研究は、幸福とは万能の方程式ではなく、「よりたくさん」の幸福が常に良いというわけでもないことを思い起こさせる。

至福の状態を求めて常に裏技や本、プログラムを追いかけていると、自己啓発疲れに陥るリスクを負う。 幸福や健康でいることを追求することで満たされるどころか、疲弊してしまうのだ。

「幸せであることが重荷のように感じ始めたら、幸せという目標を追求しないようにすると、かえって達成しやすくなるかもしれない」とクアン・ジュ・フアンは提案する。

幸せを感じることは重要だ。しかし私たちが抱く感情にはさまざまなものがあり、幸せばかりではない。人生とは感情が混ぜ合わさっているものであり、幸せはその一部にすぎない。

どの感情にもそれぞれの目的があり、いわゆる「ネガティブ」な感情にも価値がある。フラストレーションは問題解決へと後押しし、悲しみを感じることで喜びへの感謝が深まり、心配は時に集中力を研ぎ澄ませてくれる。そうした対比がなければ、幸福そのものが意味を失ってしまうこともある。

完璧な人生を送るための万能の方程式などない。絶え間なく幸福を追い求めるのではなく、幸福は人が経験することの一部と考える方が賢明かもしれない。

forbes.com 原文

翻訳=溝口慈子

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