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2025.09.29 18:00

「幸せすぎる」ことが必ずしも良いとは限らないのはなぜ? 心理学者が解説

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どれだけの幸せがあれば十分か

文化で共有される解釈が幸福を追い求めるよう私たちを促し、ある意味、幸福が多ければ多いほど良いという信念を作り上げている一方で、真実はもっと複雑かもしれないと心理学者は示唆している。

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京都大学で研究するクアン・ジュ・フアンはインタビューで筆者にこう説明してくれた。「幸せであることに集中すればするほど、そうならないのではという失望や不安を感じやすくなる。幸福に価値を置くことのパラドックスは『私は十分に幸せだろうか』と常に自問自答することで、幸せに過ごすという目標を直接的に損なう感情を招きかねないということだ」

さらに、専門誌『Perspectives on Psychological Science(パースペクティブズ・オン・サイコロジカル・サイエンス)』に掲載された研究ではウェルビーイングの最適レベルを探っている。研究者らは大規模な横断調査、大学生を対象とした詳細な調査、特定の集団を数十年にわたって追跡した4つの縦断調査など、複数の膨大なデータセットを使用した。目的は「どの程度の幸福があれば十分なのか」を解明することだった。

具体的には、非常に高いレベルの幸福が人生のあらゆる領域で実際に最良の結果をもたらすのか、それとも恋愛関係やキャリア、市民活動といった領域によって「最適」のレベルは異なるのかを探った。研究の結果、最適な幸福度は領域によって異なることがわかった。

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領域ごとの幸福の最適レベル

親密な恋愛関係やボランティア活動では、最も幸福な人たち、つまり幸福度がトップの人たちが一番うまくこなしていた。ここでは、十分に満足していることが、より大きな安定と満足につながっている。このことは、温かさと一般的な社交性が社会的に成功するのに役立つことを示唆している。

だが、このような状況でより多くを望むことは、すでに持っているものに感謝するのではなく、比較したり、批判したり、あるいは別のことを求めたりすることにつながるため、逆効果になる可能性がある。

所得、教育、政治参加といった達成に関連する分野では、中程度に幸せな人の方がうまくやっていた。完全に満足していれば、昇進や高等教育、政治的変化をそれほど強く求めないかもしれない。つまり、この面では、少しの不満が野心と努力を活性化するようだ。

研究者らは、とても幸せであることは悪いことではなく、不幸であることが望ましいことでもないとはっきり述べている。とても幸せな人は、不幸せな人やどちらでもない人よりもうまくやっている。だが最高レベルの幸福が普遍的に最善というわけではない。その利点は状況によって異なる。

ボランティア活動に関して言えば、研究者らは当初、中程度に幸福な人の方がボランティア活動を活発に行うと考えていた。中程度に幸福な人は、世界をより良い場所にしたいという願望に突き動かされると考えたからだ。しかしデータではその逆が示された。

最も幸せな人がボランティアに参加する傾向が最も強かった。なぜなら、ボランティア活動は社交的であること、親切であること、好意的であることなどの資質と密接に結びついているからだ。これらは高い幸福感と自然に密接に結びついている資質だ。

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翻訳=溝口慈子

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