2. 野生と洗練の対話
本作でアートディレクターを務める葛西薫氏も発表会に登壇。デザインについて「繊細でありながら、『野生』でありたいと思いました」と語った。野生の日本酒とは何とも形容矛盾のようだが、ラベルを見ると妙に納得する。ミレーの絵画がドンと配置され、余計な装飾は一切ない。
七賢の北原対馬社長も、この二面性について熱弁をふるった。
「私たちが酒造りで大切にしているのは、"自然に逆らわず、その力を信じる"という姿勢です。ミレーが描いた農民たちのように、自然の恵みと共に生きる覚悟が、一本の酒に宿ると信じています。
『EXPRESSION 2012』は、七賢の伝統技術の粋と革新によってその年の空気、水、米、そして十余年の時間のすべてが凝縮された一本です。国内のみならず、海外においても確かな評価を得られると確信しており、自信と誇りをもって世に送り出します」
3. グローバルとローカルの越境
フランスの画家が描いた麦畑の風景が、日本の米から作られた酒のラベルを飾る。麦と米、西洋と東洋、絵画と酒造り。まるで国際結婚のような組み合わせだ。
でも実は、ミレーがバルビゾンの地で追求した「土地に根ざした普遍性」と、七賢が白州で大切にする「テロワールの表現」は、案外似ているのかもしれない。土地を愛し、自然を敬い、その恵みを分かち合う。国境を越えて共鳴する何かがそこにある。

実際、七賢は現在25カ国以上に輸出し、2023年のG7広島サミットでも提供された。北原社長は発表会で「日本酒の輸出拡大で日本の農業・文化を守りたい」と語った。外に出ることで内を守る、これもまた興味深い逆説だ。
さらに今年、七賢の『純米大吟醸 白心(はくしん)』が世界最大級の酒類コンペティション、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)2025で最高賞「チャンピオン・サケ」を受賞。世界が認める品質であることを改めて証明した。
日本酒で開く、もう一つの美術館
限定2000本、価格は2万2000円。正直、居酒屋で気軽に飲める値段ではない。でも考えてみれば、美術館の特別展を鑑賞し、大人ふたりでディナーにいけばそれくらいはする。悪くないのでは。
発表会のテイスティングで印象的だったのは、グラスに注いだときの泡の繊細さ。シャンパーニュとも違う、独特の柔らかさがある。瓶内二次発酵のなせる技だ。
ワインの世界では、シャトー・ムートン・ロートシルトのように毎年異なるアーティストがラベルを手がける例もある。でも日本酒で、しかもミレーのような巨匠の作品を使い、味わいとの響き合いまで設計された例は珍しい。
ミレーは貧しい農民たちを描きながら、その作品は今や億単位で取引される。同じように、地方の酒蔵が世界にその名を轟かせる。時間というのは、思わぬ形で価値をひっくり返すものだ。


