大森:僕はアート文脈の人間ではないので、フェイクドキュメンタリーといったものを展覧会に落とし込んだら、どのような面白さが作れるかと「行方不明展」を開催しました。
やりたかったこととしては、展示物を目の当たりにして、ストーリーが体に染み込んでいくような感覚を生むことでした。実際には展示物を絵本の挿絵のように使っていることが多く、読書体験を作っているのに近いと感じました。
茂谷:テレビと展覧会ではかなりの違いがあると思います。工夫していることがあれば教えてください。
大森:展覧会の方が直感的に考えていますね。
映像ではストーリーといった全体の構造が見えないと、動き出しようがありません。展覧会はその逆で、「ここにこんな展示物があれば、見る人はこう感じるかも」という自分の感覚をもとに動き出し、そこにストーリーを付与していくこともできます。
茂谷:違いを楽しんでいると。
大森:そうですね。映像では「こういうことが起こったらいいのに」と直感しても、帳尻が合わなくて実現できないことが少なくありません。
しかし、展覧会であれば、ストーリーと展示物のどちらを先にして考えることができるため、より直感的なイメージを具現化できる場所だと思います。
伊藤:僕は24歳の頃、「セカイは微生物に満ちている」(2022年)という展示会を企画・監修しました。ビジョナリーラボという、自分のビジョンを展示空間で表現するという展示でした。

自分のビジョンを展示空間で余すことなく表現するため、当時の僕も「自分自身のビジョンは何か?」と向き合ったものです。ところが、当時は会社が二期目で経済的な余裕もなかったとき。そんな時期に自分のビジョンに向き合わないといけないのは、かなりつらかったと覚えています。
ただ、展示のおかげで自分たちのビジョンがより強固なものとなり、共感してくれた様々な人と出会うこともできました。自分のビジョンを提示し、それに興味を持ってくれる人たちを見つけられたのは、大きな価値があることだと感じました。
具体的には、当時来場した高校生が大学生になり、僕たちの会社にインターンに来てくれたり、今でも営業先で「展示を見に行きました」と言われたりすることがあります。展示は終わったものの、何か残るものが作れたという実感もわきますね。


