伊藤:僕はフィクションとノンフィクションよりも、人間の認知と非認知、生物がいるかいないかと考えることの方が多いですね。
そもそも微生物は僕たちが生まれる前から地球上に存在していたけれど、人間が認知したのはこの数百年ほどのこと。例えば、それまでは保管していた小麦にたまたま水が入って、気づいたらビールになっていたという現象が、神の御業のように考えられていました。それが、人間の虚構を信じるところが合わさって、お酒を神聖なものだと考えるようになったと思います。
ところが今は、発酵は神の御業ではなく、技法の一つとして捉えられるようになりました。これは、微生物を人間が認知するようになった結果、ノンフィクションになったとも言えます。
一方で、研究は今ないものを作り出すことでもあり、面白い研究計画書は虚実のバランスが絶妙だったりします。事実だけ書いても研究計画書や論文は面白くならず、「研究が上手く行ったら、こんなこともできるかもしれない」というワクワク感を乗せることで面白い論文になったり、多額の研究費を得られることにつながっていったりもします。
展覧会での体験がもたらすもの
茂谷:次は、「展覧会」というざっくりとしたテーマになります。展覧会には三者三様の考え方があるのかと思います。

布施:最近はインディーゲームやインディーアニメという言葉が市民権を得てきたように感じるので、今後はインディーアートという言葉も生まれるのではないかと思います。
日本科学未来館での展覧会であれば、ソニーが開発しているようなメジャーなゲームと言えます。一方で、アーティストたちが自分たちの技術を持ち寄るような空間版同人活動はインディーアートと言えるのかもしれません。
これはどちらがすごいという比較ではありませんが、個人的にはインディーアートであれば、自分の周りの人たちとひとつの建物をぺちゃんこにしたり、キレイな一枚絵を見せたりもできるので、自由度が高いとは感じます。

茂谷:布施さんの展覧会は周囲を巻き込む、まさにインディーアートと言えるかもしれないですね。
布施:実は僕、高校生の時に庵野秀明さんのようになりたかったんですよ。それで、何が一番カッコイイかと思ったかと言えば、同人活動で。
庵野さんは同人活動を法人化してガイナックスを設立し、社会にインパクトを与えて人々の考え方を変えてきました。僕自身も同じように一人ではなく、人材が必要だなと。自分でもデザインはできるものの、他のデザイナーが予期せぬデザインを持ってくる可能性もあります。それに、みんなで集まれば、一人よりも楽しいですからね。
今も、そろそろ同人から法人になることを一度考えなければいけないとも思っています。


