失敗は、あらゆるキャリアにつきものだ。プロジェクトの崩壊、目標の未達、キャンペーンの脱線──ほとんどの人はこうしたつまずきを受け入れ、立ち直り、前進を続ける。
一方、とりわけ、キャリアにおいて中堅と呼ばれる段階にさしかかる人々にとって、失敗を受け入れることよりもはるかに難しいのが、「ゼロからの再出発」だ。数十年にわたって積み重ねてきた進歩をあとにして、新たな役職や新たな業界で再出発することは、失敗そのものよりもずっと、彼らをおじけづかせる。
失敗はやり直せる。今四半期の売上が悪くても、次の四半期は好調かもしれない。ミスは説明できるし、時には許してもらえる。だが、再出発となると話は別だ。これまで築き上げてきたアイデンティティを放棄し、未知の世界に踏み出さなければならない。そこでは、自分のスキルや評判に、これまで通りの価値があるとは限らない。
多くのプロフェッショナルにとって、こうした展望は、今の立場でつまずくリスクよりもはるかに恐ろしいものだ。
経験の重みと「サンクコスト効果」
キャリアの中盤にさしかかる頃には、あなたが行なってきた投資の総量はかなりのものになっている。長年にわたる学習、慎重に築き上げてきたネットワーク、たゆまぬ努力によって培ったプロフェッショナルとしての評判。
これらは心理的な錨となり、切り捨てるのはあまりに「もったいない」という感覚を生み出す。経済学者が言うところの「サンクコスト効果」であり、人はそれを、プライドやアイデンティティ、手にしたものを失うことへの恐れと呼ぶ。
仕事が楽しめなくなっても、多くの人々が転職しようとしない理由がここにある。「変わるにはもう遅すぎる」と、彼らは自分に言い聞かせる。昇進のペースが遅くなり、高揚感が薄れても、「これまでの自分の歴史を捨て去る」という発想自体が耐えられない。最初からやり直すくらいなら、我慢した方がいい。
こうした恐怖感がなぜこれほど強いのかを説明するのが、キャリア構築理論(Career Construction Theory)だ。この理論によれば、人々は、自分の仕事を人生の物語に織り込むことで意味をつくりだす。時とともに、キャリアは単なる仕事ではなく、自分がどんな人間かを伝える物語の一部になる。
キャリアの中盤に入ってから「ゼロから再出発」することは、収入や安定を危険にさらすだけでなく、こうしたストーリーを書き直すことを意味する。このような選択肢が、本のページをめくるというより、1章分をまるごと消し去る行為に思えるのは無理もない。



