「どこへ行ってもラーメンをつくれる男でいたい。食材も吟味し、技術や精神も伝えるためにできれば数カ月滞在したいぐらい」と飯田。
そのハードルは高いが、翌月にスペイン・サンセバスチャンの2つ星店「ムガリッツ」とイベントをする際には、他店に通って手打ち麺を習得し、現地で製麺。そこに食べに来た近隣の1つ星店「チスパ」の前田哲郎シェフと「来年はチスパで!」と約束をし、道具一式を置いて帰国した。
その滞在中に、世界屈指の“美食の街”の成り立ちを知り、衝撃を受けた。
30年以上前にこの地域で最初にミシュラン3つ星をとった「アルサック」が、レシピを共有し、地域全体で食文化をつくりあげていったこと。そのシグネチャー料理があちこちの店や一般家庭にも浸透していること。そして、街に星付きレストランが増えた今、アルサックの4代目現当主が「私たちが特別でないことが誇り」と語ったことに感動した飯田は、「その空気に触れたくて、翌年皿洗いをさせてくださいと申し込んだ」という。
25年夏、チスパとのコラボレーションを満席御礼で終えた翌日、皿洗いではなく賄いを担当した。
飯田商店もまた、同業者や違う料理のシェフなど、志ある人に仕事や技術を公開する。食材に関しては、生産者と密な関係を築き、彼らが改良を続ける野菜や肉でラーメンをつくり、それを食べてもらうことで、互いにモチベーションを高め合っている。その話を聞いて思い出すのがロールス・ロイスのものづくりだ。「最良のプロダクト」を目指す同社は、常に目利きの顧客の声を聞き、一台一台を手作業で製造、製品を磨き続けている。
日本一という称号を、飯田は「実感がない」と否定し、ゆえに余計なプレッシャーもないというが、有名店となったことで他業界の第一線をいく人との接点が増えたことはひとつの成果であるという。「自分をちっぽけに感じさせてくれる人との出会いがありがたいです」。
自分に厳しく向き合いながら、広げて薄めるのではなく、「ラーメンの血を濃く伝える」。そう繰り返す飯田のラーメンは、静かに「型」となり、ラーメンという食文化を強くしていくのだろう。
飯田将太◎1977年、神奈川県生まれ。大学卒業後、日本料理店などで腕を磨く。2002年にラーメンの道に入り、10年に「飯田商店」をオープン。ラーメン好きに限らず、各界の著名人たちから絶大な支持を得ている。


