第二の問題は、労働組合による反対表明だ。日本製鉄は、労働組合を味方につけるべく買収後も雇用は守る(絶対に解雇しない)と公表しているが、買収する側の企業が、買収前から買収先の雇用を守ると約束するのは、日本では好意的に受け取られるかもしれないが、アメリカの感覚では、甘すぎる。全米鉄鋼労働組合は、労働組合のなかでも強固な力と競争力・耐久力をもつ。これと、例えば配置転換や賃上げ交渉で、対峙するためには、雇用者側は時として解雇をちらつかせなくては、交渉にならないだろう。
最近、ボーイング社は、2カ月近いストライキを経て、4年間で38%という大幅な賃金上昇で妥結した。アメリカの賃上げは、日本では想像もできないようなペースで進行している。日本製鉄は、たとえ労組の賛成を取り付けて買収したとしても、賃上げ要求とストライキに悩まされることになるのではないか。買収したアメリカの企業に乗り込んで、買収した会社のコーポレートガバナンスを利かせることができる人材がいなければ安易にアメリカ企業を買収すべきではない。東芝のウエスチングハウス買収は失敗例とされている。サントリーによるビーム社買収は今では成功例とされているが大変な苦労の末のことである(後者はハーバードビジネススクールのケースになっている)。
経営陣に買収後の報酬を約束したり、労組に解雇はしない、という約束をしている、というのは心配だ。しかし退くのもいばらの道。報道によると、米規制当局の審査で買収が認められないと日本製鉄に5億6500万ドルの違約金負担が発生するのだという。米規制当局の行動について、日本製鉄がどれくらいの影響力を発揮して責任を取れるのだろうか。
ニューヨークには、日本企業による米企業買収の案件で、リーガル・チェックをしたり、アドバイスをしている法律事務所がいくつもある。何人かの話を聞く機会があった。日本企業から交渉担当で送り込まれてくる人が、東京のトップから、この会社をどうしても買収したい、という命を受けてくるのは、失敗の第一歩だという。不利な条件をどんどんのんでいくことになる。買収後の会社の経営を、買収前の経営陣に任せることも多いのだが、ここで子会社となった経営陣に、効率化や成長の努力を怠らないように、きっちりガバナンスを利かせるのは至難の業だという。
また、買収後に経営陣に退陣を求める場合には、巨額の退職金を支払うなどという条項が、いつのまにか契約書に入っていたりするのだという。また買収後に「ゴタゴタ」が生じたときにどうするかを曖昧にしたまま買収すると、買収後にまた再交渉や訴訟合戦が必要になったりする。日米間の買収の成功例と失敗例を集めたようなマニュアルはどこかに存在しないのだろうか。(2024年12月記)


