“マネーゲーム”からの脱出
大学卒業後の2020年にフィンテック企業のペイミーに就職。しかしすぐにコロナ禍が訪れ、社長が退任。新しい体制のなか、取締役COOとして会社の再建を託されることになる。株主の期待に応えるため、短期的な利益を追い求める日々だった。
「経営が苦しい中で会社を引き継いだこともあり、株主が納得する方向に努力することが多かったんです。いわゆる“マネーゲーム”の渦中にいるな、と。株主が目指す指標には、どうしても売却額、あるいはIPOを狙えるのかという視点が含まれます。それが悪いことだとは思わないけれど、ペイミー自体が社会に必要とされるかどうかは別として、そうした指標に焦点を当てることに違和感を持つようになりました」
そんな時に、ふと立ち寄った銭湯で初対面のおばあさんと他愛もない話をした。自分の立場や年齢、何者かをまったく問われない「何でもない時間」に心を揺さぶられる。
「いまの私の人生に、こういう時間ってなかったな、と。その瞬間に『ああ、私は銭湯を経営しよう』と思いました。このマネーゲームの中で命を燃やすぐらいだったら、やりたいことに命を燃やそうと決めたんです」
「何もしない」が価値になる。原宿で貫く銭湯哲学
そこからの行動は早かった。会社を引き継ぎ、銭湯でアルバイトをしながら東京中の銭湯を巡った。そして出会ったのが、高円寺で90年以上の歴史を持つ「小杉湯」だった。
三代目・平松佑介の「銭湯は社会に必要だ」という情熱に共鳴し、2022年に株式会社小杉湯へ参画。小杉湯原宿の開業プロジェクトに参加し、2024年4月には「小杉湯原宿」の暖簾を掲げた。
新しい小杉湯はハラカドの目玉として期待される一方で、「百年先も変わらずに、街の銭湯を営み続ける」という経営哲学を貫き、従業員にも共有されている。
「原宿という街は、広告やコピーで溢れていて、全てが何かを伝えようとしてくるような場所。だから銭湯ぐらいは何も言わず、何もしないでいたい。“銭湯は、ただひたすら毎日お湯を沸かして待っている。それ以上でもそれ以下でもない”。それが、幼少期から今も変わらない、私にとっての銭湯の価値なんです」
原宿への出店に際して関根が下した大きな決断の一つが、「儲けの定石」を捨てることだった。原宿という一等地、そして商業施設の賃料で銭湯を経営することは一筋縄ではいかない。流行りでもあるサウナを作らず、入浴料金550円という、毎日通える銭湯価格を実現するためには、銭湯の必要性に共感してくれる企業と出会う必要があった。
現在、銭湯内には、花王の祖業である石けんなどをはじめとする日用品や、Panasonic Beautyの美容家電、サッポロビールの黒ラベルといった製品が置かれているが、その連携にも明確な基準がある。
「銭湯は日常。変化の激しい商品を売るのではなく、企業として変わらない“原点”と、私たちの哲学が重なる相手とだけご一緒したいんです」
2025年2〜4月に話題になったのが、任天堂の「花札」とコラボした「銭湯と花札」。グッズの販売や花札体験などを行った。
「任天堂さんも、祖業である花札という文化を残したい、という強い思いを持っていた。なくてもいいかもしれないけど、あったら社会が温まるものを残していきたい。その思いが一致したんです」


