ミュージックビデオなどの撮影現場では、アーティストの気分ひとつで衣装も予定もすぐに変わる。準備に1時間かけられるはずが「今からできる?」と無茶振りされることなど日常茶飯事だ。「アートや作品は生き物なので、ネイルもだいたい当日その場でつくります。完全に任されているので、感情やアイデアでどんどん動くアーティストに合わせてベストを探っていく。作品はすべてのバランスが大事。人の仕事は増やさないと決めているので、自分の手を早く動かすしかないんですよね(笑)」。
クリエイティブ業界では、思い通りにいかなくなるともち場を投げ出し怒る人間も多いという。しかし、一緒に働く仲間によれば、「Mihoはトラブルや想定外のことが起きても、嫌な顔ひとつせず作業の設計図を瞬時に組み直す。その工程の美しさ!直面しているネガティブな状況をいかに建設的にひっくり返せるかを考えながら、淡々とつくり続ける力がすごい」のだという。
新しい「当たり前」をつくる
Mihoが次の10年で注力しようと決めているのは、「日本のネイル業界への恩返し」だ。
「米国でネイルアートが飛躍的に普及したのは、ジャパニーズネイルアートの力がとても大きい。しかし国内をみると、アレルギーや経済的環境に苦しみ、仕事を続けられなくなっているネイリストたちの現状がある。私は施術者も守りたい。日本のネイル業界が廃れてしまったら世界に広げたネイル文化も廃れてしまうから」
そこで開発したのが、ネイルをオフする際にアセトンも爪を削る必要もない、密着のために酸も使わない、自分で取れるプロ仕様のジェルネイルだ。今年の3月に新ブランド「LaShade(ラシェード)」を立ち上げ、すでに国内外100店舗以上への納入実績がある。
「世界屈指のアーティストと接するうちに、ウェルネスの意識が自然と磨かれていきました。彼女たちはデザインがかわいいとかセンスがいいとかだけで終わらせない。どんな溶剤をどんな根拠で塗るのか、成分や製造国まで目を光らせます。こうした価値観はとても大事だと気づかされました」
新しいジェルを使えば爪への負担は少なく、デザインネイルを自分でとったり、大切な日のネイルを思い出に保管しておくこともできるようになる。体への負担や刺激臭を減らせることで、高齢者や医療現場でのメンタルケアに活用できるかもしれない。製造はメイドインジャパンにこだわった。「ネイルを通して日本のものづくりの文脈をもう一度世界に示したい。爪も体もいためない、ネイル文化の新しい『当たり前』をつくっていけたらと思っています」
Miho Okawara◎愛知県出身。2012年に渡米し、ゼネラルマネジャーとして日本発ネイルサロンの立ち上げに従事。14年、独立。25年、新ネイルブランド「LaShade」をローンチし、ネイル業界の課題解決に注力する。


