見て見ぬ振りの起源
見て見ぬ振りをする傾向がどこからきているのかを調べるために、サンタナゴパランと共同執筆者たちは5〜10歳の子どもたちを調査した。研究に参加した子どもたちには、情報を求めることができる、あるいは情報を避けることができる状況を経験してもらった。
その結果、非常に明確な発達の変化が見られた。
予想通り、年少の子どもたちは驚くほど熱心に情報を求めた。たとえその後に利己的な選択をすることになったとしてもだ。例えば、ある実験では子どもたちはシェアリングゲームにおいて、パートナーの報酬がいくらになるかを見る機会を与えられた。つまり、年少の子どもたちはパートナーの情報を積極的に知りたがるだけでなく、その後も自分にとって有利な選択肢を選ぶことが多かった。
一方、年長の子どもたちは、これらの実験ではまったく異なる行動をとった。パートナーの報酬を見ないようにすることが多くなったが、利己的な選択をするようになった。
この興味深い発見について、サンタナゴパランは「子どもは大きくなるにつれて、公正さ、少なくとも公正に見えることを気にするようになる」と説明した。「モラルの『多少のブレ』はこの緊張を解消する戦略だ。パートナーの報酬情報を避けることで、公平であるという幻想を維持することができる」。
「知らない」ことが最も安全と感じるわけ
情報が手に入るときに、なぜ子どもは、そして後には大人も知らないことを選ぶのだろうか。一見すると、単に年齢を重ねるにつれて子どものような好奇心を失っていくのだと思うかもしれない。だが、おそらくその自然な好奇心はまだ私たちの中にある。ただ、成熟するにつれてその好奇心を新たな価値観で抑制しなければならないことを認識する。
サンタナゴパランらの研究では3つの主要な動機が強調されている。
ネガティブな感情から自分を守る
子どもはもちろん、大人はなおさらだが、情報が自分を何らかの形で嫌な気分にさせるのではないかと考えると、どんなことをしてでも情報を避けようとする。実際、サンタナゴパランの3つめの実験では、好奇心旺盛な幼い子どもでさえ「自分の感情を守る」ようはっきり促されると特定の情報を避けた。
自己イメージを保つ
人は不快な真実に関わらなければ自分が持っている好感度や公正さ、有能さといった内的感覚をはるかに容易に維持することができる。これは2つめの実験で確認された。年長の子どもたちは利己的な行動をとりながらも、依然として自分自身を公正な人間だと思おうとしていた(他人からもそう見られることを望んだ)。
利己的に行動する
情報を回避することで、罪悪感を感じることなく利己的に行動しやすくなる。実際、大人は常にそうしているとサンタナゴパランは指摘する。例えば、消費者は自分の好きなブランドの倫理的慣行について読まないことにしているとサンタナゴパランは話す。一方、企業は自社のサプライチェーンが環境に与えるかもしれない影響に目をつぶっている。「これらの事例からわかるように、私たちは無知というベールを被って、自己利益のために行動し続けることができる」とサンタナゴパランは結論づけている。


