「食を通じて、いのちを考える」を掲げる大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「EARTH MART」と Forbes JAPANが連動し、食の未来を輝かせる25人を選出した。
生産者、料理人、起業家、研究者……文化を守る人も、テクノロジーで変革する人も。本誌 11月号では、豊かな未来をつくる多様なプレイヤーを紹介する。
万博「EARTH MART」パビリオン。そこに広がる“空想のスーパーマーケット”には、食を見つめ直す展示や先端テクノロジーが並ぶ。その一角では、小型カメラやセンサー、IH加熱調理機などが設置され、有名シェフの料理を記録、再現するプロセスが紹介されている。
ミシュランの星付きレストランの味とその感動を、一般家庭でも忠実に再現できる……。そんな未来をかなえるのが、ソニーグループが開発した調理データ化技術「録食」だ。
形式知の限界を技術で突破
始まりは2019年。長年携帯電話の開発に携わってきた野元知子は、2030年を見据えた社内プロジェクトに名乗りをあげた。
食の領域を選んだのは「空腹だけでなく心を満たす側面があり、エンターテインメントになると考えたから」。ただ、ほかのエンターテインメントに比べて食は産業構造が脆く、働かない時間は収益を生まないという根本的な問題がある。そこで、スタジオで収録し、それを配信する音楽産業の成功モデルを食の世界にもち込むことで、変革できないかと考えた。
調理を手引きは、レシピ本や動画配信がすでに世の中に出回っている。しかし、「料理の場合、形式知だけでは限界がある」と野元は指摘する。レシピに「中火で3分」と書かれていても、火力や食材の状態で結果は変わる。動画で手元を映しても、力加減やスピード、鍋に食材を入れるタイミングまでは正確に再現できず、同じ手順を踏んだはずなのに違う味になる。これが形式知化の限界というわけだ。
録食はその壁をテクノロジーで突破する。鍋の中の温度と食材の重量を0.4秒ごとに計測し、水分蒸発量と蒸発スピードのデータも取得。さらに、混ぜ方のストロークやリズムまで数値化し、データとして残す。再生時にはこのデータをもとに専用IHが火力を自動制御し、カメラが手の動きを検知する。
もし、ユーザーが混ぜるのを忘れていれば「混ぜてください」とアラートを出す。「料理は失敗してからでは遅いので、ダメになる前に補正をかける仕組みを重視しています」と野元。自ら350回以上も麻婆豆腐の再現にトライし、いつも同じクオリティを維持するシェフのすごさを痛感したという。



