IPビジネスで食産業に変革を
野元は、音楽産業が記録と配信で何百倍にも発展したように、食産業も拡張できると信じている。「音楽業界ではコロナ禍後にライブの価値が再認識されました。食も同じ。配信で未知の料理に触れ、それを再現したものを食べたら、きっと本物を食べにレストランに足を運ぶようになる」。
録食が料理人の仕事を奪うのでは、と連想しがちだが、シェフやレストランの価値はむしろ上がるという見立てだ。そのプロモーションとして、ミュージシャンを巻き込んでいるのも面白い。料理好きのラッパーのZeebraは、配信サービスのインパクトを知るひとりとして実験に協力してくれたという。
当面は、専用スタジオでシェフの調理を“レコーディング”し、レシピの数を増やしていく段階にあるが、ゆくゆくは専用機器とコンテンツを貸し出し、記録したデータをサブスク配信。レシピが再生されるたびにシェフにロイヤリティが入る仕組みとなる。例えば休暇で数週間、育児で数年、あるいは引退して現場を離れても、レシピが資産として残り、収入が得られる。
「後継者不足で惜しまれながら閉店する名店の味を残すこともできる。無名のミュージシャンが配信でバズるように、新たな才能の発掘もできるかもしれない」と、野元。飲食店の開業においても、修行せずとも確かな味で始められる。
録食のコアな技術は特許申請しているが、模倣サービスが登場するのは時間の問題。それを野元は「むしろ真似されるほうがいい」と歓迎する。参入メーカーが増えて競争が生まれれば価格も下がる。「そう遠くない未来に、マンションのシステムキッチンが録食対応になるはず」と思い描く。
さらには、録食の仕組み自体が食をデジタルコンテンツに変える産業基盤になりえると語る。「ゲームや漫画のように録食の調理データをIPビジネスのひとつとして海外に輸出すれば、食産業は今の何倍の規模にもふくらむのではないでしょうか」。
食を生み出すクリエイターとしての料理人の地位が向上すれば、産業も活気付く。「料理の道が再び、憧れの職業になる。そんな未来をつくりたい」と、野元は次代を担う若者の職業観も変えようとしている。
野元知子◎ソニーグループ 録食ビジネスデザイナー。2019年の「録食」立ち上げから発表、事業推進を担う。25年3月に独立した新会社「味わう」を設立。26年以降、スピンオフした事業体として活動を広げていく。



