実は多くの経営者が陥る「人間関係のNGパターン」
鈴木:これまで関係を良くしようと、どんなことをしてきましたか?
Aさん:もちろん、話はしています。関係を改善したいと思っているので、たくさん話はしているつもりです。
鈴木:何についての話をしていますか?
Aさん:それは、仕事についての話です。私も努力はしているんです。少し彼の意見を取り入れたり、自分なりに多少バランスを取ろうと試みたり。
鈴木:自分は歩み寄る努力をしているのに、向こうが態度を変えず困っている、ということでしょうか?
Aさん:そういうことですね。
鈴木:確認ですが、Aさんは関係改善を望まれているのですよね?そして、それが経営にとっても大事だと思われている。
Aさん:もちろんです。何より大切だと思っています。
鈴木:であれば、遠回しなことはやめて、まず2人の関係について話すべきだと思うのですが。
Aさん:関係について、話す……?
鈴木:そうです。投資やコスト削減といった業務の話ではなく、まず2人の関係改善について話す。例えば、『最近ちょっとぎこちないけれど、一緒に会社を大きくしていきたい。僕は良い関係でいたいと思っている。君はどう?』といったことです。CEOとCFOが関係を修復し、感じていることを伝え合い、経営を前に進めるほど重要なことはありません。何がその実行を邪魔しているんでしょうか?
Aさん:そうなのですが……。いずれタイミングを見て、話そうと思います。
実は、これは多くの経営者が陥るNGパターンです。日頃は決断力がある人でも、人間関係の修復となると、なぜか対応が遅れてしまう。しかし、時間とともに信頼関係のほころびは修復が難しくなり、半年も放置すれば、元に戻りづらくなります。信頼を取り戻すには、仕事の議論を続ける前に、関係について語る勇気が必要です。
相手との関係性を土台に据え、そこから議論を深めていくことを、「リレーショナル・リーディング」と呼びます。意見を一致させること以上に、関係を整えることから始めるリーダーシップです。関係性が安定すると、組織の心理的安全性が高まります。すると、反論や多様な意見が出やすくなり、組織として思考の質が高まるほか、組織内で価値観の共有が進むことで、一人ひとりの行動に主体性が生まれる効果があります。
経営の現場では数字の判断よりも、人に真正面から向き合うことの方がはるかに難しいものです。しかし、そこから目をそらせば、後で何倍もの大きな代償を支払うことになります。
Aさんは次のように語り、部屋を後にしました。
Aさん:この後、会社に戻ってCFOと話してみます。まず、自分が彼についてどんなことを思ってきたか、どんな関係でいたいと思っているのか、しっかり伝えて、向こうはどうなのか、聞いてみたいと思います。
少し前まで沈んでいたその背中は、わずかに活力を取り戻しつつあるように見えました。
リーダーとして真価が問われるとき
私は長らくコーチングを行ってきて、ひとつ確信していることがあります。それは、コミュニケーションの上手い下手を測る一番の基準は、「仲違いした人と、どれだけ早く仲直りできるかである」ということです。プレゼン能力が高いとか、会議をうまく進行できるということではありません。
立場の違いから生まれる意見の対立などによって、自分の中に感情的なしこりが残ったとき、それを乗り超えてどれだけ素早く相手に話しかけ、新たな協力関係を構築できるか。信頼残高を積み直せるか。そこに真のコミュニケーション力と、リーダーとしての真価が問われます。
あなたの周りにも、「関係を改善したいのに先送りしている相手」はいないでしょうか。
あなたはその人との信頼口座に、どれだけの預金を積んでいますか。
そして今日、その人にかけられる一言は何でしょうか。


