細尾:時代に合わせて変化してきたからこそ、伝統は社会のなかで同じポジションを築くことができています。つまり伝統とは、変化、挑戦、イノベーションをベースに成り立っている。時代ごとに越えるべき「山場」がいっぱいあるんです。
西陣織にとって、直近の山場は明治初期。封建社会が崩壊して高価な着物を購入できる人がいなくなったとき、西陣の職人3人はフランスにわたり、ジャカード織機をもち帰りました。当時最先端だったテクノロジーを命懸けで取りに行ったわけです。それまでは1日に数ミリしか織れなかったものが、最新技術によって効率が飛躍的に伸びた。その結果、華族でなくても西陣織の帯を買えるほどに普及し、消滅の危機を免れました。戦後も需要の変化によってまた違う山場を迎えている。西陣織にとって今がまさに大事な局面です。日本人にとって「着物とは何か」を問い直す時期に来ている。
壱太郎:歌舞伎の世界でいえば、新しい娯楽が出るたびに「山場」だと思うんです。歌舞伎も時代とともにかたちを変えていますが、どう変わるにしろ、大切なのは「本物」であることでしょう。敗戦後、衣食住の確保が最優先になった時代から、歌舞伎はなくても生きていけるものとされ、高尚なイメージが強くなりました。当時の役者たちは何とか歌舞伎を残そうと新しい挑戦を次々に行った。そのなかで今残っているもの──例えば二代目市川猿翁のおじさまのスーパー歌舞伎、十八代目中村勘三郎のおじさまが始められたコクーン歌舞伎は、本物の質を保ちつつ新しくしたものばかりです。私が2020年に立ち上げたART歌舞伎も、そのような気持ちでつくっています。
細尾:織物は経糸が大事です。横糸は自由にできるのですが、経糸がしっかりセットされていないと、複雑な構造の西陣織は織り込めない。経糸はいわば過去と今を通貫する時間軸。横糸は時代性や革新性です。この関係は、工芸における伝統と革新の関係にとてもよく似ていて、両方があってはじめて、多様なものが調和した美をつくることができる。壱太郎さんのいう「本物」は、経糸に当たるものなのでしょうね。
壱太郎:日本の芸能は農村で五穀豊穣を祝って神様に感謝し、音楽を奏で、舞を踊るところから始まり、そこから派生して歌舞伎に昇華されていきました。経糸には日本の土着性が引き継がれている。
細尾:もっと縦糸をたどると、ルーツは有史以来かもしれません。織物は9000年前に誕生しています。機能だけを考えたら、人類は毛皮や木の皮を巻くだけでもよかったはず。しかしわざわざ木の皮を手で分解して糸に撚り、織物にして着飾った。それは人間に本質的に美を求める心があるからです。
霊長類学者の山極壽一・京大前総長は、「人間は二足歩行になったことで、歌って踊る体を手に入れた。それが人類の原点」とお話しされていました。どの時代も、人は歌い踊り、美しいものを求めている。そこに人間の本質があると思う。僕自身は織物を通して「人間とは何か」という問いを考え続けている気がします。


