ラグジュアリーとは何か。少なくとも、時代を超えて受け継がれる「哲学」や「精神」の連続が必要とされるのであろう。
アジア人シェフとして初めてフランスでミシュランの三つ星を獲得した、小林圭。そして英国クルーに拠点を置き、1世紀以上にわたって世界を魅了してきたベントレー。
舞台も異なれば、提供するものも違う。だが両者に共通しているのは、妥協のない完璧の追求、人間の手による職人技、伝統に根ざした革新、そして次世代への継承といった文脈だ。
料理と自動車を越えて響き合う「持続する卓越性」の本質を、小林とベントレーモーターズ ジャパン ブランドディレクターの遠藤克之輔が語り合う。
ラグジュアリーの価値観は時代とともに変わり続けている。かつては「高価で希少」なこと自体が価値だったが、今はより本質的なもの、心に残る体験や美意識に響くものが求められている。二人はその変化をどう捉えているのか。
小林 圭(以下 小林):ガストロノミーは、お腹を満たすためのものではなく、心を満たすものだと思っています。美味しさは一瞬ですが、体験やそこに込められた思いは長く残る。僕にとって「贅沢」とは、記憶に刻まれる瞬間を作ることだと考えています。
遠藤克之輔(以下 遠藤):自動車も似ていますね。価格や性能の数字よりも、お客様自身の美意識や人生観にあっているかどうかが価値として認められるものだと思います。ベントレーに乗ってくださる方々のライフスタイルをお伺いすると、自分の価値観を確かめるために選んでいるように感じます。
小林:たとえば僕のブランドでも、お客様が何を求めているかは本当に多様です。食材に感動する人もいれば、静かに過ごす時間を大事にする人もいる。その人にとっての豊かさは人それぞれ違っていて、それをしっかり受け止めることが僕らの仕事だと思っています。
遠藤:おっしゃる通りです。ベントレーのお客様も、一人ひとりに「こうありたい自分像」がある。その内面に寄り添うクルマでありたいからこそ、われわれは「高級だから価値がある」のではなく、「自分の生き方と響き合うから価値がある」という価値観を理解する必要があると思います。460億通り以上にも及ぶパーソナライゼーションはまさにその観点から提供しているものです。
小林:僕が料理で大事にしているのも「その人だけの瞬間」をつくることです。食べる人の人生の中に小さな灯をともすような。そうした体験の質を高め、その体験を理解していただけるようなプレゼンテーションを行っていくこそが、これからの贅沢を作り上げていくことにつながっていくのではないかと思います。
遠藤:はい。そしてそれは単なる個人の満足にとどまらず、周りの人と共有されていくものです。誰かに語りたくなる、誰かを連れて行きたくなる。その広がりも含めて「豊かさ」なのだと思います。
「所有から体験へ」。ふたりの言葉からは、ラグジュアリーの定義が大きく変化したことが浮かび上がる。その体験を支えるのは、職人の技と最先端の技術だ。
最新技術の進歩によって多くの工程が効率化される一方で、ラグジュアリーの領域では「人の手」が欠かせないとされる。ベントレーも小林シェフも、人間にしかできない領域を守り続けている。ふたりの視点から、その理由を探る。

小林:僕にとってブランドを構築するうえで一番大事なのは、やっぱり人だと思っています。料理の世界も最新の機材を導入できますが、それをどう扱うかは人次第。たとえば包丁一本でも、手にする人の考え方や経験で全く違う結果が出る。だからこそ、人の存在がすべての根幹になります。
遠藤:ベントレーも同じです。クルーという街に暮らす職人たちが、ひとつひとつ手作業でクルマを仕立てています。例えばステアリングホイールには620針を手で縫う作業がある。機械でやれば早いのかもしれませんが、そこに「人が仕上げた」という誇りや温度が宿ります。
小林:僕も“野菜の切れ端も粗末に扱わないこと”と、よく言っています。ひとつひとつに命があって、その命に敬意を払うことが料理の基本。人の手をもって丁寧に向き合わなければ、その思いは絶対に伝わらないと思います。
遠藤:良いものかどうかを最終的に決めるのは人の心です。最新のロボット技術やAIを導入しても、それを「心地よい」と感じるのは人間。だからこそ僕らは、人が手を入れる部分を残し続けることに意味があると考えています。
小林:そこは料理と本当に似ています。食材は日々違うし、同じトマトでも昨日と今日で水分量も甘さも違う。その違いに気づいて調整できるのは現時点では人間だけ。たぶん、その心地よさの体感はずっと人間にしか持ち得ないのではとすら考えています。そのかすかな感覚の積み重ねが、料理を「唯一の一皿」にしていくのだと思います。
遠藤:おっしゃるとおりです。木目や革の質感は二つと同じものがない。それを見極めて、最適な形に仕上げるのは職人の目と手。その「人にしかできない判断」が、ブランドの価値を支えています。
職人の手でしか実現できないこと、そして技術の進歩を積極的に受け入れる柔軟さ。その両輪が「真のラグジュアリー」を生む。
体験を「記憶」に変えるためには何が必要なのか。料理もクルマも、その場限りの消費で終わらせず、人生のどこかで何度も思い出される存在でありたい。小林シェフと遠藤氏は、五感と美意識をめぐって言葉を交わした。
小林:料理で一番記憶に残るのは、実は味ではなく香りです。香りは真っ先に心に届いて、長い時間を経ても蘇る。だから僕はスタッフにも、香りをどう立ち上げるかを常に意識してほしいと伝えています。
遠藤:車も同じですね。私たちは最新のデジタル技術を取り入れていますが、あえて物理的なスイッチを残しています。押した時の「カチッ」という感触が、その人の手に残る。匂いや触覚の記憶は、後々まで鮮明に蘇ります。
小林:五感の中で最後にやってくるのが味だと思っています。だからこそ、香りや質感、空気感といった前段階でどう響かせるかが大切です。食事の体験を没入できるように設計することで、記憶の深さが変わります。
遠藤:触れる感覚や音まで含めて「体験」を構成しているのは、車も同じです。たとえば革の表情や木目の質感は二つと同じものがない。その一点物に触れた記憶は、お客様の人生の中で繰り返し蘇る。

小林:そして大事なのは、そこに技術を感じさせないこと。調理には膨大な工程がありますが、お客様にそれを悟らせたくない。目の前に出すのは「自然な美しさ」だけで良いのです。
遠藤:ベントレーもまったく同じ発想です。極めて複雑なエンジニアリングが裏にありますが、ドライバーに伝えたいのは「努力を感じさせない走り」。何も考えずに、ただ心地よく解放される瞬間を届けたいです。
小林:そうやって五感を通じて自然に残る記憶と、努力を見せない美しさ。その両方を積み重ねることで、人の人生の中に「忘れられない体験」が宿るのだと思います。
前例のない領域へと足を踏み出す個人と、100年を超える伝統を抱えながら革新を続けるブランド。二人の視点は違っていても、その根底にあるのは変化を恐れない姿勢だった。
小林:誰もやらないことに取り組むのは孤独です。でも、その孤独の先に新しい価値が生まれる。僕はそう信じています。
遠藤:挑戦を続ける姿勢に共感してくださるお客様の存在は貴重です。335kmを出せるパフォーマンスと、五つ星ホテルのスイートのような快適さ。その両極を同時に実現するのは無理だと思われがちですが、私たちはそこに挑み続けています。
小林:挑戦するからこそ、自分たちの哲学の真価が問われ、試されています。結果よりも、その過程で積み重ねる姿勢こそがブランドを育てるのだと思います。
遠藤:本当にそう思います。お客様もまた、挑戦する姿勢にこそ心を動かされるのではないでしょうか。
小林:僕は「夢を描く」ということはあまりしないです。やろうと思った瞬間から、すでに挑戦は始まっている。料理を通じて、その人の人生を少しでも豊かにできたなら、それが自分にできる小さな寄付だと思います。
遠藤:その姿勢にはとても共感します。ベントレーも「次の100年」を見据えながら、クラフツマンシップと革新を両立させていく責任があります。伝統を守るだけでなく、挑戦を続けてこそ、社会に新しい価値を届けられると考えています。
小林:未来は遠くにあるものじゃなく、今日の積み重ねの先にしかない。だからこそ、料理という行為を通じて人の記憶に残る体験をつくり続けたいと思っています。
遠藤:ええ。本質を守りながら挑戦すること。その連続が、次の時代に引き渡せる真のラグジュアリーにつながると信じています。
ベントレーモーターズ ジャパン
https://www.bentleymotors.jp/
KEI Collection PARIS
https://www.kei-collection.com/




