展覧会、芸術祭、フェア、オークションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口にユニークなアートな話をお届けしていく。循環型社会の実現を目指すメルカリスタジアムで始動したアートな循環の試みを聞いた。
サッカーJ1鹿島アントラーズのホームスタジアムは2025年7月1日、新愛称「メルカリスタジアム」となった。その正面玄関は今、幅54m、高さ6mの巨大な壁画によって鮮やかに、力強く彩られている。今年2月に始動した「カシマ・アート・プロジェクト」の第1弾作品だ。
「メルカリの上場が2018年、アントラーズの経営権取得が19年。スタートアップから大きな会社になっていくフェーズで、社会的・文化的な動きに目が向くようになりました」と振り返るのは、メルカリ会長で鹿島アントラーズ社長の小泉文明。21年には、ホームタウンを盛り上げるために個人出資でまちづくり会社KXを創業。冒頭の壁画はその取り組みのひとつである。
まちづくりに取り組むにあたって全国各地を視察した際、気づいたことがあった。「人の心を動かす場所は、3つ以上の要素がかけ算されている」ということ。そして、「アートの要素がある街は、彩りが違う」ということ。
日本に限った話ではないが、田舎は田園風景だったり工業地帯だったりとおよそ雰囲気が似ている。工場が多い鹿嶋は「灰色のイメージ」で、高度経済成長期で時がとまったような街の景色を変えるためにも、アートを取り入れていきたいとKX立ち上げ当初から考えていた。
思い返せば小泉自身とアートとの接点も、アントラーズのオーナーになったのと同時期だったという。「アートや建築に詳しい先輩経営者にコレクションを見せていただいたり、アーティストと知り合ったり。セレンディピティ的に重なったので、自分でも買ってみようと学び始め、コレクションするようになりました」。
第1弾の壁画は、現代アーティスト藤元明が主宰する「ソノ アイダ」が手がけたもの。老朽化を受けて新スタジアム建設が検討されるなか、新旧の“アイダ”を活用する企画であり、フィールドからあふれ出るエネルギーを表現した作品は、選手からも好評を得ている。「詳細は未定ですが、仮に建て替える際には、こうした作品を移設するなどして今のスタジアムのレガシーを紡いでいけたらと考えています」と小泉。
さらに、新スタジアムにはギャラリースペースをつくり、アートコレクターに貸し出せたら、と妄想する。「アートコレクションはその人の歴史と紐づいていると思っていて。人生のどんな時期に何を買ったのか、コレクターの頭のなか、買った側の表現を見られる展示があったら面白そうだなと」。それは「買っても飾るところがない」というコレクター共通の悩みも解決しそうだ。
スタジアムは、毎試合平均2万人超を呼ぶ集客装置でもある。そこで一見交わらないアートとスポーツが自然につながり、サッカーファンがアートに興味をもつかもしれない。「大事なのはきっかけづくり」と小泉。「まずはスタジアムを起点に、イニシャルのリスクをKXが取って事例をつくり、それを呼び水に、地元の経営者や行政を巻き込んでいきたい」。アントラーズという強力なコンテンツを活用しながら、街の彩りを増やす構想は着実に動き出している。
小泉文明◎早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBCを経て、2007年よりミクシィに参画し取締役CFOに就任。12年に退任後いくつかのスタートアップの支援を経て13年12月にメルカリに参画。取締役、社長を経て、19年より現職。21年にKXを創業。]
【お詫びと訂正】2025年9月掲載の本記事のカメラマン名に誤りがございました。正しくは、Munetaka Tokuyama=Photoです。ご本人ならびに関係者の皆様、読者の皆様にご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます。


