経営・戦略

2025.09.18 13:30

株価が5年で4倍に、企業価値を向上する戦略IRAQ(梶昌隆)味の素

梶 昌隆|味の素 理事 IR室長

同年9月には、株主に対する透明性や会社への理解促進を目的として、取締役会の一部映像を公開。上場企業としては異例となる取り組みだが、これは運用会社でのアナリスト勤務経験をもつ梶が、当時から取締役会の実効性の評価を考えていたことがヒントになっている。 

advertisement

「取締役会というと重々しく威圧感のあるイメージがありますが、実際には当社の取締役会はすごくオープンで多様性があり、いい議論をしていました。せっかくならその様子を伝えたい。そう思い、動画撮影を行い投資家説明会で公開したところ、反響がとても大きく、海外投資家からも『世界でもまれな取り組みだ』と高く評価されました」。

企業の価値を高めるIR

ユニークなIR戦略も功を奏し、株主のこころを掴んでいるように見える味の素。しかし梶は、「社外へのIRだけでは不十分」と話す。同社では社内に対してもIRの立場から企業価値を高める取り組みに力を注いでいる。

例えば、現会長の藤江太郎が社長在任時に「資本市場の視点を知ったつもりになっている経営メンバーが多いのではないか」という課題を提示したことをきっかけとして、財務とIRが経営会議のメンバー向けに、証券分析やM&A、競合分析などの勉強会を年に5回ほど実施している。

社員に対しても、23年に持ち株会の奨励施策を行ったことで、30%未満だった加入比率が70%を超えに。社員は大切な株主という認識が経営陣の間で高まったうえ、社員自身も、自社の株価への関心をもつように変わった。

advertisement

社員向けの勉強会やセミナーも定期的に行っており、そこで梶が意識しているのは、「いかに楽しいと思ってもらえるか」だ。多忙な業務を抱える社員に対して、「『勉強会をやります』だけでは集まってもらえません。面白くやらないと続かないので、いろんな仕掛けをしています。例えば、私自身10年ぐらい持ち株会にいるので、私の資産評価額の推移をサンプルにして見てもらうなど、身を削りながら伝えています(笑)」。 

今では「今日は勉強会だね」「株価がすごく上がっているけど、どうして?」などIR室のメンバーが、社員から声をかけられるようになったという。

そして梶は、円安などの影響で海外から日本企業が注目される今こそIRの重要性を広めたいと考えている。

「私がそうだったように、上場企業の多くがもっと自分たちを評価してほしいと思っているはずです」

大学での講義や経済産業省の委員などの機会を通じて、IRの意義や価値を社会に伝える活動にも力を入れている。

この7月には、東証が「IR体制の整備義務化」を打ち出すなど、企業価値を高めるための戦略的な役割としてIRを位置づける機運が高まっている。その意味で梶の挑戦はお手本となるはずだ。


かじ・まさたか◎1991年早稲田大学理工学部卒業。同年、三井生命保険入社。三井住友アセットマネジメント、興銀第一ライフ・アセットマネジメントで医薬・食品セクターアナリスト等に従事し、2013年に味の素に入社。経営企画部、欧州アフリカ本部勤務を経て、20年7月からグローバル財務部IRグループ長。24年4月より理事 IR室長。CFA協会認定証券アナリスト。

文=古賀寛明 写真=ヤン・ブース

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事