きっちり計画を立てて仕事していたのに、いきなりお客さんが訪ねてきて仕事時間が削られる。そんなときは計画を立て直して少しでも目的に近い結果を出そうとがんばる。まさに万物の霊長たる人間ならではの高度な対処だと思いきや、ニホンザルも同じような能力を持つことがわかった。サルがお利口なのか、人間がサル程度なのかは別として、そうした突然の計画変更に対処する力の源がドーパミンであることもわかった。
関西医科大学医学部生理学講座の石井宏憲助教らによる研究チームは、人間以外の動物も時間的余裕のないときに行動の調整ができるのかを検証した。何かと時間に追われる現代社会だが、考えてみれば、むしろ自然界のほうが天候や外敵の襲来などにより計画変更を強要される場面は多いはずだ。そこで彼らはどう対処しているのか。
研究チームは、マカクサル(ニホンザルとカニクイザル)に、制限時間内に餌をなるべく多く取るゲームをプレイさせる実験を行った。ゲーム装置は、右端にスタートボタン、左端にゴールボタンがあり、その間に25個のボタンがある。毎回5つが点灯する。光っているボタンを押すとポイントがもらえるのだが、光の色によってポイントは変わる。それらを押して制限時間内にゴールボタンを押せばご褒美がもらえるという仕掛けだ。
まずサルはスタートボタンを押す。すると5つのポイントボタンが光る。サルはそれをよく見てルートを決めてからボタンを離すとゲームが始まる。制限時間は数秒だ。サルは素早くボタンを押す。
時間が十分にあるときは、サルは光っているすべてのボタンを押して満額のポイントを手に入れてゴールするのに対して、時間が短いときは押すボタンの数を絞ってゴールするようになる。3つだけ取って2つは諦めるという具合だ。それも、ポイントの高いボタンを選んでいく。そこでサルは、ポイントと移動距離の兼ね合いを考え、結果としてできるだけ多くの餌がもらえる最短ルートを割り出していることがわかる(実験の動画は『Current Biology』に掲載された論文で見ることができる。)。

ここで重要なのは諦めること、つまり「機会損失」の許容だ。時間が短いほどサルは機会損失を許容する。回収アイテムを減らしても、とにかくゴールして餌をもらうことを優先させるわけだ。また時間が長いほど機会損失を減らすこと、つまり諦めないでできるだけ多くのアイテムを取ることを優先させる。
この実験では、こうした機会損失に関わる判断には、ドーパミンが深く関与していることもわかった。試しにサルのドーパミン受容体を阻害すると、時間が長い条件でも多くのアイテムを回収しようとしなくなった。
こうした動物の行動の柔軟性は、これからさらに詳しい研究によってメカニズムを解明する必要があるのだが、この実験は、ドーパミンの分泌が減ると時間的制約に臨機応変に対処できなくなる可能性を示唆している。
ドーパミンは、セロトニン、オキシトシンと並ぶ3大幸せホルモンのひとつ。やる気や集中力をもたらすものだ。新しいことに挑戦して刺激を受ける、スポーツなどで小さな成功体験を重ねるといったことで分泌が促される。ドーパミンの適切な分泌を保つことは、幸福感だけでなく仕事のパフォーマンスにも大切ということだろう。



