Visible Mending(ビジブルメンディング)という言葉をご存知でしょうか。「目に見える修繕」を指すこのワードが欧米でよく聞かれるようになったのはコロナ禍の2020年前後。世界がストップし、消費主義な生活を見直さざるを得なくなったとき、多くの人が壊れたものを自分で直すことに価値を見出し始めました。そのなかでも注目を集めたのが、重ねた布を糸で縫い込み衣類を補修する手法「刺し子」です。
非営利メディアThe Conversationの記事で、メルボルンで縫製とアップサイクリングの学校を経営するゲイ・ネイスミスさんは、刺し子の魅力を「誰でも習得できるランニングステッチと、粗く即席的な縫い目から生まれる美しさ」にあると語ります。
当時わたしが住んでいたドイツでも、センスのいい友人たちが刺し子を習得し、自分で補修した服やバッグを着用する姿をよく見ていました。しかし当の私は、頭では価値を理解しつつも、どうしても「昔のちゃんちゃんこ」のような貧相さをイメージしてしまい、刺し子の表現を心から素敵だとは思えませんでした。
それから5年たち、刺し子を取り巻く景色が変わりました。ニューヨーク発の「BODE」を筆頭に、ここ数年で古布やデッドストックをアップサイクルするスタイルのファッション性が高まり、今年1月にはLVMH系列の投資会社が、刺し子を用いたデニムプロダクトを看板商品に持つ岡山のブランド「KAPITAL」を傘下に収めたことも話題となりました。
ファッション史を振り返れば、「見える修繕」の活用は今に始まったことではありません。例えば70年代のヴィヴィアン・ウェストウッドなどのパンクやDIY、90年代のマルタン・マルジェラや川久保玲に代表されるデコンストラクション(解体的アプローチ)がその一例にあたります。
これまでは、布の重なりや縫い目を意図的に強調することで、社会や制度への「批評性」や「挑発」を表現してきました。しかし現在の動きには、そういった“アグレッシブさ”とは異なる精神性が宿っているように思えます。このテーマを考察するために、今回はあるブランドを取り上げたいと思います。



