7月に引き続き、今回も前澤さんの修繕に関する原稿を読んだのは京都滞在中でした。そこで真っ先に思い浮かび、後半としてぼくが書こうかと思ったのは、トリノのシャツ専門店のことです。
35年前にトリノに住み始めたときトリノ市内で見つけたその店では、擦り切れた襟を交換してくれるので、長期間同じシャツを着られます。生地も気に入る柄が多かったので、ミラノに引っ越しても15年間ほどはトリノに行く度にそこでシャツをまとめ買いしていました。しかし、その後、トリノに行く機会が減り、100キロ以上離れた街に買いに行くのも経済的ではないので、ミラノで買うようになりました。
これは基本的にリペアの話で、元通りにするのが目的です。それでは前澤さんの問いかけとは合わない。京都の次に予定していたのは、島根県大田市大森町にある「他郷阿部家(たきょうあべけ)」です。全国にアパレル販売の店舗をもつ群言堂グループが経営する宿に泊まると、もっと別のことが書けるかもしれないと思い、原稿の構想はあえてそこでとめておきました。
台風15号の影響で新幹線が大幅に遅れるなか、広島経由で石見銀山の麓にある他郷阿部家にチェックインすると、築200年を越える立派な邸宅が単に修復されたのではないことが瞬時に分かります。現在、古民家再生はブームの様相を呈していて、さまざまに工夫された空間に出逢います。既に評価のあるクラフトのモノが似合うような空間もよくあります。
そこで考えます。
古い建物の修復はイタリアの十八番です。イタリアの建築家の仕事の9割近くが修復で、建築家とは建物や周囲の歴史を良く調べ、現代に合う1ページを考えるのが最初の努めであると言われました。
ぼくがイタリアに住み始めて強烈な印象をうけた一つは、古いものと新しいものの組み合わせです。古い建物とコンテンポラリーなデザインのインテリア、新しい建物にあるアンティークなデザインの家具、これらの調和の良さ。そういうインテリアデザインが当時の日本にはあまりなかったので、イタリアでみる新旧のコントラストの妙にひたすら感心したものです。
それから驚いたのは、山のなかの農家などをセカンドハウスにすべく、何年もかけて自分の手で改修をしている人が珍しくないことです。多いとは言わないにせよ、「こういう人と会ったよ」と他のイタリア人に話しても驚かれず、「ぼくの知り合いにもいるよ」とかなり素っ気ない返事が戻ってくる感じです。
したがって、今世紀に日本の古民家再生事例が増えていること、それもかなりバラエティーに富むようになったのを喜ばしいと思いながらも、そのこと自体に深い関心をもって眺めた覚えはありません。
しかし、石見銀山の銀生産が世界の約3割を占めた時代がかつてあり、現在は人口4百人の集落に存在する他郷阿部家の入り口に足を踏み入れた瞬間、これは別次元の空間を築いたのだと思いました。


