TERASで大切にしているのは「自発性」と「成功体験」だと、山中さんはいいます。自分が縫ったものが製品になり、商品として売れ、海外からも評価される。そうした経験が可視化されることが、働く人々のモチベーションになり、自発的な作業につながります。
その日のアトリエでは、既存商品用の刺し子制作のほかに、作り手さん同士の自由な「制作のリレー」も行われていました。ある方が生地にペイントしたミニトマトの絵に呼応して、別の方が刺し子を施します。感じたものに合わせて、糸の色やステッチのピッチを自分で決めていくそうです。
その横では蝶々の絵柄に塗り絵するように刺し子する方も。「生地の裏もとても魅力的なんです」と見せてもらった多数の玉留めが密集する裏面は、表の静かで整列した縫い目とはまた違った、有機的でエネルギー溢れる美しさがありました。
TERASのユニークさは、飯島さんや山中さんをはじめとするメンバーの半分がアートや音楽業界出身であり、リスクを厭わず挑戦することや、コラボレーションすることの価値を自ら経験してきたことにあります。だからこそ「揺らぎのものづくり」の美的価値を信じられるのです。刺し子はその姿勢をユニバーサルに伝える表現方法としてぴったりだったのかもしれません。
今年8月からTERASの商品を取り扱い始めたというシドニーのセレクトショップ「Honor」のオーナー、ニック・デントンさんは、TERASとの出会いについてこうコメントします。
「我々を最初に惹きつけたのは、原宿の直営店で見かけたTERASのボロジャケットとトートバッグでした。オーストラリアのライフスタイルにも通用する『美的価値と質の高さ』、彼らとの対話で知った『社会的取り組み』の両方が魅力的でした」
今日、刺し子が評価されるのは、日本的要素の再解釈や逆輸入ではなく、同時代性に“たまたま”ハマった表現方法だったということではないでしょうか。パンクや反抗精神などの残り香、気候変動やポストコロナの意識とケア、異文化的ルーツ、過去や記憶、親密性といった複数のレイヤーが人の手によって丁寧にすくいとられ、軽やかに縫いとめられている。多くの人は、現代を生きるからこそ、それを刺し子のなかに発見しているのだと思うのです。
安西さん、AI時代に「クラフトマンシップ」が対抗軸として語られる理由が、今回TERASを訪ねて実感できた気がしています。「修繕」という行為からどんなことを思い浮かべますか?


