父の猛特訓をうけ、毎日3時間睡眠でおせちの準備をしながら、切実に感じたのは「店は一人ではできない」ということ。そして、湧き出して来たのは、周りの人への感謝の思いだった。
「この店は、父、そして祖父母から受け継ぎ、厨房やサービスのスタッフ、同業の仲間、そしてもちろんお客様がいてこそ成り立つもの。自分が料理をする前に、やるべきことがあったのではないか」。これをきっかけに、日本料理の未来のために働きたい、と思うようになった。
今、気になるのは日本料理の「行く末」だ。「料理人は親が子どもにさせたなくない職業のトップ」などという報道をみては心を痛め、調理師学校で「料亭に訪れたことがない」と言う若者たちに、その魅力を伝えたいと考えている。近年、カウンターの小さな店が主流になってゆくなかで、家に迎える形の料亭が少なくなっていることにも危機感を感じているという。
「出迎えから始まり、ご案内からお部屋の室礼、掛け軸や花、そして器から食材に至るまで、料亭は日本のおもてなしの在り方が詰まった芸術を感じられる空間。気づいてらっしゃる方は多くないですが、夏と冬で座布団の生地も変えるんです」
そんな普段は気にとまらない繊細なもてなしの心を、未来に繋ぐことができるのか。そのためには、若い人が魅力を感じる日本料理の世界を作らなくては。自営業だった店を、2021年に法人化、労働環境を改善し、ライフステージが変わっても働き続けることができる店する一歩を踏み出した。同じ京都で日本料理を作る若主人たちとも積極的に交流を深め、お互いの料理について批評し高め合う。
海外との交流も大切にすることの一つ。今年8月には、世界のベストレストラン50で世界一に輝いたミシュラン三つ星店「ミラズール」に研修に行った。秋には、台湾の料理大学で出汁と旨みを中心とした日本料理について教えにゆく予定だ。
日本料理の「来し方」を学んだ反骨の人は、今、その「行く末」を生み出す人に。「料理は一人のアーティストの活動ではない」と心に刻んだ手痛い経験を糧に、多くの仲間と共に、一心に、世界を相手に料理の心を伝えてゆく。
なかむら・げんき◎1996年、京都府生まれ。同志社大学環境経済学部卒業後、台湾に留 学し中国語、日本料理と中国料理のルーツを学ぶ。2021年に帰国、7代目として修業中。父と共に台湾エバー航空の機内食を監修。「日本料理アカデミー主催フェローシップ」にもかかわる。



