ビジネス環境が急速に変化するなか、企業は従来の延長線上に描いた戦略では将来の成長を見込めない状況に直面している。
2024年に開催された、未来に向けた問いと対話を発信する都市型イベント「FUTURE VISION SUMMIT」で、PwC Japanグループ副代表の吉田あかねは「経営シーンの未来形に求められる美意識とは?」をテーマにしたディスカッションに登壇。企業に求められるアートの発想や視点について、自身の経験も踏まえながら考えを述べた。
――予測困難なVUCA時代。「何が正解か」が分からないなか、企業やビジネスパーソンには、従来の戦略や手法にとらわれない、自ら問いを立てて新たな価値を創造するアートの発想が求められています。吉田さんはこの状況をどう捉えていますか。
深刻な気候変動、テクノロジーの急速な進化、地政学的リスク、社会情勢の不安定化といった、企業経営に大きな影響を与える「メガトレンド」が世界のあり方を大きく変えつつあります。変化のスピードが加速する現代において、企業は従来のビジネススタイルを踏襲するだけでは成長を見込めません。従来手法に固執すれば、競争力を失うリスクすらあるでしょう。
2025年4月、PwCは「Value in Motion」と呼ぶ調査レポートを発表しました。AIの導入が世界経済を再構築し、2035年までに全世界のGDPを大きく押し上げる可能性を示すなど、今後10年間の世界経済を見通す内容です。産業の枠組みが再編され、既存のセクターの枠を超えた新たな領域が形成されることも示唆しています。
企業が新しい領域を開拓していくには、ビジネス変革が不可欠であり、変化の時代に対応したイノベーションが必要です。その際に、アート発想やアート的アプローチを取り入れていくことが重要となると考えています。
企業の持続的成長に必要なこととは
――アート発想やアート的アプローチが、イノベーション創出に寄与する理由を教えてください。
アートは、“ゼロから新しいものを生み出す営み”と言われます。アーティストは自身の内面を掘り下げ、問いを立て、まだ世の中に存在しないものを表現します。もっとも、現実には完全にゼロの状態から革新的なものを生み出すことは容易ではありません。
多くのアーティストもまた、さまざまな刺激や感動、学びからインスピレーションを得て、試行錯誤を重ねながら作品を完成させるケースが多いのでしょう。その姿勢は、ビジネスにおけるイノベーション創出にも通じるのだと考えます。
人間の「知」は、積み重なりや相互作用により発展してきました。この点はアートも同様で、築き上げてきた蓄積があり、そのうえで新しい価値を持つものが生まれているはずです。自らを掘り下げることも当然重要ですが、それだけをやればイノベーションが生まれるという単純な話ではありません。
これまでの日本企業は、改善や現場課題の解決に強みを発揮してきたといえます。しかしいま、それだけでは持続的に価値を生み出すことは難しいでしょう。今後の10年で、新たな市場・領域のフロントランナーとなるためには、より大きなビジョンを描き、既存の枠組みを超えていくような発想が求められます。
その実現には、自社の研究開発(R&D)に閉じるのではなく、外部の知見やパートナーシップを積極的に取り入れる姿勢が肝要なのです。そこに自社の強みや積み重ねた「知」を掛け合わせることで、多くの人々や世界中のマーケットに受け入れられるような革新的なサービスや製品を創出できると考えています。
――企業の持続的成長の過程においては、外部視点や知見を取り入れることが必要なのですね。
先にも述べたように、ビジネス環境が急速に変化する時代、従来手法のままでは成長は期待できません。PwCはクライアント企業の変革を支援していますが、その役割は日本において着実に拡大しています。背景には、私たちが第三者的な視点でクライアントのビジネスを捉え、他国や異業種・他社事例などを徹底的に研究した上で、最適な支援を提供している点があると考えています。
クライアントのビジネス、業界に関するあらゆるデータを綿密に調べ上げたうえでご提案することで、クライアント企業が気づかない新たな視点を提供する。その際に重要なのは、意思決定に必要な情報や判断材料を集めることです。私自身も、そのように新たなビジネスの創出をサポートさせていただきました。
――第三者的な視点を受け入れる際に、企業側が意識すべき点は何でしょうか。
眼前の課題に向き合うだけでなく、より広い視野を持つことが大切です。アライアンス(提携)などを通じて外部の知見や文化を取り入れ、硬直化しがちな社内の慣習やルールを改善していく姿勢が必要なのだと思います。
その際に障壁となりがちなのは、意思決定の遅さ。新しい挑戦にはリスクが伴いますが、躊躇していては変革は起こせません。広い視野を持ち、スピード感を伴いながら取り組むことが重要だと考えます。
「守破離」。日本のポテンシャルを活かしたビジネス展開
――ところで、西洋美術では印象派、フォービスム、キュビスムのような革新的な芸術運動が起こり、従来スタイルとは大きく異なる「破壊的イノベーション」が繰り返されて発展してきました。ビジネス領域にも共通する点はありますか。
単純比較はできませんが、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスで起こった産業革命にみられるように、ビジネスの世界でも大きな変革のうねりが生まれることがあります。現代でいえば、AIはまさにそのドライバーに該当するのでしょう。しかしそれも、全くの白紙から、ある日突然に大きな変化が起こるわけではありません。
私がM&Aを通じた変革の支援に数多く携わるなかで重視してきたのは、日本に古く伝わる芸道の修業プロセスを示す概念「守破離」。いわば、独創性を発揮するためのプロセスです。
師匠から学んだ技法や型を忠実に守り、基本を徹底的に身につける「守」、次に基本を破って新しい技術を生み出す「破」。最後にたどり着くのが、既存の型や技法から離れ、自分のスタイルを確立する「離」。この「離」の段階で新たな領域を開拓し、勝負するステージとなります。これは、イノベーションを創出するプロセスに通底する考え方だと思います。
――日本企業における課題としては、アートとのつながりが薄いことも指摘されてきました。経済産業省が2023年にまとめた「アートと経済社会について考える研究会報告書」では、「これまで我が国企業の多くがアートやデザインを、経営と比較的遠いところに置いてきた」「我が国のアート市場規模も一人当たり文化GDPも、先進国最低レベルに止まっている」といった点も言及されています。
そうですね。確かに、欧州などと比べると、日本人はアートとの接点が少ないのかもしれません。ちょうど先日、テクノロジーとアートを題材にした都内の美術展に行く機会があったのですが、来館者の9割以上は旅行者とみられる外国人でした。平日の昼間だったとはいえ、驚きました。
一方で、世界を見渡すと、アートとビジネスの結びつきは強まっています。シリコンバレーのテクノロジー企業は、アートの発想を積極的に取り入れていますし、欧州のラグジュアリーブランドもアートとの関わりが盛んです。これらの企業はアートの要素をうまく生かしながら、イノベーションの創出やブランドの価値向上につなげています。
本来、日本にもそうしたポテンシャルは十分にあるはずです。古来より、焼き物や織物といった素晴らしい伝統工芸品がたくさん存在していますし、優れた意匠性や機能性を備えたものも少なくありません。
例えば、それらを現代のものづくりのビジネスと掛け合わせることで、日本固有の強みや良さをさらに高め、世界での支持を拡大することが可能になるでしょう。生産量が制約されるという課題はあると思いますが、創意工夫で乗り越えることもできるはずです。また、伝統工芸の産地は多くが地方部に点在しているため、地方創生にも貢献できるのではないでしょうか。人材や資源不足を理由に現状維持にとどまるのではなく、グローバル視点で新たな価値を創造していくことが大切だと思います。
優れたアート作品は、多くの人々の心を魅了しますね。結果、その作品に高い金銭的価値がつくこともあります。いま日本企業に求められているのも、そうした多くの人の心をとらえるような、付加価値の高いビジネスを生み出すことなのではないでしょうか。
よしだ あかね◎2024年7月より、PwC Japanグループ副代表、チーフ・コマーシャル・オフィサーとして、グループの戦略推進や各事業の管理、ブランド・マーケティングなどを管掌。PwCのグローバルネットワークとの連携強化を通じ、最先端のテクノロジーを活用した変革とグローバルでの成長の支援に取り組んでいる。現職に就任する前の専門分野・担当業界はM&A、Post Merger Integration、事業再編によるValue Creation。2019年7月にPwCアドバイザリー合同会社 代表執行役に就任、2024年7月より代表執行役会長を務める。



