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2025.09.12 08:00

AI失業の中高年か若手の再教育か──米国が直面する雇用の分岐点

Westend61 / Getty Images

米労働省ストックトンの楽観論──技術革新は歴史的に雇用を創出してきた

一方、ストックトンの立場はヤンとは対照的だ。彼は、オフィスが空になり工場が閉鎖されるといった未来像を受け入れていない。「大規模な雇用喪失への恐怖は誇張されすぎている」と彼は語る。歴史を振り返れば、農業の機械化からインターネットに至るまで、大きなテクノロジーの変化は雇用を減らすどころか増やしてきた。AIも同じ道をたどっているというのが彼の見方だ。

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ストックトンは、AIプロンプトのエンジニアやガバナンスアナリストといった仕事が新たに生まれていることを指摘した。こうした業種は、必ずしも伝統的な大学の学位を必要としない。医療分野ではAIが臨床記録を自動作成し、医師は患者と向き合う時間を増やせる。工場や建設現場ではセンサーが事故につながる危険を事前に察知している。

政府が目指すのは、職業訓練とAIリテラシー教育の抜本的強化

労働省の計画の柱は「機動力」にある。AIが雇用に与える影響をリアルタイムで追跡し、そのデータに基づいて政策を調整し、迅速な再訓練のためのパイロットプログラムを展開するという方針だ。ストックトンは、キャリアへの主要な入口に職業訓練を伴う就業プログラムを置き、先端製造業やAIインフラといった重要分野で100万人の訓練生を確保する目標を掲げている。また、AIリテラシーを初等教育から社会人の再訓練まで教育体系に組み込むことを重視している。

ストックトンが強調したのは、この就業プログラムや4年制大学以外の教育ルートが、AI時代の経済で活躍するための鍵になるという点だ。彼が紹介した調査では、2023年の大卒者の52%が卒業から1年後も失業または不完全雇用の状態にあることが示されていた。

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「『誰もが大学へ』という運動は失敗した」と彼は聴衆に語った。「学士号はもはや専門職に就くことを保証しない。就業プログラムはより早く、大学のための借金をせずに、しかも雇用主のニーズに直結した訓練と有給の職務経験を組み合わせて提供できる」。

こうした連邦政府の取り組みは、単に受け身のものではない。今年7月、トランプ政権は「米国のAI行動計画」を発表した。90項目から成るこの計画は、「AIイノベーションの加速」「米国のAIインフラ整備」「国際的なAI外交と安全保障における主導」という3本柱で構成されている。政府は、データセンターや半導体工場の許認可を迅速化し、電力網を強化し、規制のサンドボックスを整備し、同盟国に米国流のフルスタックAIパッケージを輸出する。その際には米国の価値観を技術に組み込むことを強調している。ストックトンは、この計画を自らの雇用政策を後押しする追い風だと見ている。

最大約647兆円の経済効果と、二極化する雇用の実態

ヤンとストックトンはともに、AIの進歩が非常に速く、そのスピードが一部の仕事を揺るがすという見方で一致している。両者は、医療などの人を中心とする仕事は当面は比較的安全だと見ている。また、AIが工程の一部を担うことはできても、システムの目標を定めるのは人間でなければならないという点も共通している。

ただし、最初に打つべき手では意見が分かれる。ヤンは、市場が安定するまでの間に、家庭を支えるために即時的な所得支援が必要だと主張する。一方、ストックトンは、AIリテラシーの普及や、柔軟な訓練プログラム、新たなキャリアへの移行といった迅速な対応を優先すべきだと考えている。ヤンは、就職に苦しむ大学卒業生や解雇された中堅層の労働者を例に挙げるが、ストックトンはそうした雇用の喪失の一部はAIだけでなく、パンデミック後の雇用の調整や企業戦略の転換が背景にあると見ている。

両者の主張を裏付ける研究もある。マッキンゼーは、生成AIによる世界の年間の生産性向上効果を最大4.4兆ドル(約647兆円)と試算している。PwCは、AIの影響を強く受ける職種は、米国でこの技術の登場以来38%増加したが、影響が少ない職種の方がさらに速いペースで増えていると報告した。メディアの報道も、AIがチームを丸ごと置き換える例と、人間の仕事を補強する例の双方を伝えている。

リスクの高い産業では、AIが安全性と生産性を高めており、これはストックトンの描くビジョンを裏付けている。一方、顧客サービスやルーチンな分析作業では、人員削減が進んでおり、ヤンが警告している状況が現実となっている。

今後の5年間は、雇用の拡大よりも先に、生産性の向上が目に見える形で表れる可能性が高い。AIを早期に導入した企業は、人員を増やさずに生産量を押し上げるだろう。仕事はますます人間のスキルとAIツールが組み合わさる形となり、ストックトンが重視するAIリテラシーの重要性はいっそう高まる。一方で、賃金の伸びが利益に追いつかない状況が長く続けば、所得支援を求める政治的圧力が急速に強まる可能性もある。

所得支援か能力開発か──折衷案こそが最も安全な選択肢か

両者が見据えるのは大きなリスクだ。ストックトンは変化に対応できる労働力を思い描くが、ヤンはシステムが十分な速さで方向転換できるかに強い疑念を抱いている。訓練や再教育に加え、所得支援も組み合わせる「折衷的な戦略」こそが最も安全な選択肢となるかもしれない。その実現は、政策立案者や企業経営者、教育者がテクノロジーの進歩に追いつけるかどうかにかかっている。

AIは待ってはくれない。そして、その影響を受ける労働者もまた待つ余裕はない。

forbes.com 原文

翻訳=上田裕資

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