「AIが仕事を奪う」──。 2020年、米大統領選予備選でそう訴えたのは、泡沫候補の1人だ。その時は、まだ遠い未来の物語だった。しかし現在、その言葉は米国の経営者の多くが口にする現実だ。その泡沫候補の名は、アンドリュー・ヤン。中高年を意識したセーフティネットの構築を説く彼に対して、対照的な立場を示すのが米労働省高官テイラー・ストックトンだ。ストックトンは、未来の仕事に適応する「若手の再教育」の重要性を挙げている。私たちは、どちらの未来を選ぶべきかを迫られている。
AIと雇用の未来──ラスベガスで交錯する悲観論と楽観論
2025年8月、ラスベガスで北米最大級のAIビジネスカンファレンス「Ai4」が開催された。その中で注目を集めたのは2つのセッションである。1つは、テクノロジー政策の提唱者でもある起業家ヤンが登壇し、インタビュー形式でAIと所得保障の必要性を語ったもの。もう1つは、米労働省のチーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)であるストックトンが、AIによる労働市場の変化に対する政府の対応策を説明したセッションだった。
両者は、AIが労働市場を大きく変えるという見方で一致していたが、その変化にどう備えるべきかについては対照的な立場を示した。ヤンは雇用破壊の加速を懸念し、ストックトンはそうした予測は本質を見誤っていると主張した。
ヤンの警告──AIによる雇用破壊はすでに始まっている
ヤンによると、複数の経営者が「AIツールが人間に任されていた仕事を代替し始めたため、採用を止め、解雇を進めている」と語ったという。これは単なる予測ではなく、統計にも表れている。5月から7月にかけて生まれた新規雇用の大半は自動化が難しい医療分野に集中し、その他の産業では人員がじわじわと減っていた。
「津波のような変化が経済を襲っているのに、ワシントンは手をこまねいている」とヤンは批判する。影響を受けるのは、コールセンター、小売業、飲食業で働く数百万人にとどまらず、安全だと思われてきたホワイトカラー職にも及ぶと彼は見ている。
「ホワイトカラーの大量失業なんてあり得ないと思っている人たちは、近いうちに現実を突きつけられるだろう」とヤンは警告し、懐疑的な人たちもわずか数カ月で、その規模に気づくと語った。
ヤンはまた、ヒューマンコストは目立ちにくいと指摘し、「50歳の幹部が職を失っても、大衆からは同情されにくい。しかしその家族にとっては大きな打撃であり、それが10万人規模で起きれば深刻な社会問題になる」とも指摘した。
ヤンの処方箋は、AIがもたらす富の再分配と所得支援
ヤンが提示する解決策は、利益の分配だ。もしAIが1人あたりGDPを8万2000ドル(約1200万円)から10万ドル(約1500万円)を超える水準に押し上げるなら、その一部を直接家庭に届けるべきだと彼は述べている。具体的には、ベーシックインカムや児童税額控除の拡大を通じ、人々が混乱の中で生活を維持できるようにすべきだと主張する。
さらにヤンは、問題は収入だけではないと強調する。「努力と報酬の結びつきが壊れると、人は努力をやめてしまう」と彼は語る。ヤンは、若い世代の間ですでに誠実さや協調性の低下が見られることを懸念し、「その一部は取り戻せないかもしれない」と危惧している。



