経済・社会

2025.09.09 10:15

シールズが北朝鮮に極秘潜入 NYT報道の背景で飛び交う専門家の分析と疑問

Getmilitaryphotos / Shutterstock.com

国家情報院の複数の元幹部は「通信傍受の目的だけでSEALSを使うのは損得が合わないのではないか」とも語る。金正恩氏がいる平壌には、北朝鮮市民ですら自由に出入りできない。平壌市民であることを示す特殊な住民登録証や通行許可証などが必要だ。金正恩氏の官邸や地方にある特閣(別荘)も外周を軍や国家保衛省(秘密警察)などが厳重に警備している。元幹部の一人は「金正恩の暗殺という大きな賭けに出るなら、理解できないこともないが、通信傍受機器の設置だけにSEALSを使うのはよくわからない」と話す。別の元幹部は「後方攪乱工作なら、十分可能だが、確実に金正恩の通話を傍受する位置まで接近するのは相当な困難が伴うだろう」と指摘する。

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また、「2019年初め」と言えば、同年2月にハノイで開かれた第2回米朝首脳会談を控えていた時期にあたる。当時の協議に関与していた米政府元当局者によれば、米政府の北朝鮮専門家たちは18年月の第1回米朝首脳会談の結果を受け、「北朝鮮には非核化の意思がない」と判断していた。北朝鮮が共同声明で「朝鮮半島の非核化」という文言にこだわったからだ。元当局者は「北朝鮮でだけでなく、北朝鮮を攻撃できる米国の核兵器も全廃しろという意味。そんなことができるわけもない」と話す。ポンペオ国務長官(当時)は当初、政治的な思惑から「北朝鮮の非核化」の望みを捨てたがらなかったが、北朝鮮との交渉を重ねるにつれ、専門家の意見に納得したという。

一方、SEALSの作戦を承認したとされるトランプ氏本人は19年当時、「金正恩の考えがどうなのかについて、全く関心を持っていなかった」(元当局者)という。トランプ氏にあったのは、米朝合意を実現してノーベル平和賞を受賞したいという野心だけで、北朝鮮の情報に関心があったわけではないそうだ。元当局者は「北朝鮮の軍事情報ならいざ知らず、19年初めの時点では、金正恩の考えを探ろうと必死になっていたわけではない」と話す。

日米韓の元当局者たちからは「北朝鮮潜入の事実があったのだろうが、目的は別にあった可能性がある」「報道させる側に別の意図があったのかもしれない」という感想が漏れる。トランプ氏は8月25日の米韓首脳会談の際、金正恩氏と年内に会いたい考えを示した。金正恩氏は今月、中国を6年ぶりに訪れて習近平中国国家主席らと会談した。米朝協議に備え、中国に後ろ盾を求める行動だった可能性もある。

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NYTの報道は、近づく米朝協議に合わせ、米政府が北朝鮮に「今後の交渉で北朝鮮が隠し事をしても、米国はすべてを知っている」と伝える戦略的メッセージだったのかもしれない。

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文=牧野愛博

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