企業IRが、常に正直であるとは限らない。都合の悪いことを隠す会社もあれば、自社を良く見せようと派手なことばかり語る会社もある。それに翻弄されないように、安西も「話していることが論理的におかしくないか」と冷静な目で見ている。ただ、疑心の塊かといえばそうでもない。「本当は9掛けくらいに割り引いて聞いたほうがいいですが、私は1.1~1.2でポジティブに受け止めることも多い」が自己分析だ。
素直に受け止めても構わないと考えているのは、ヒアリング先以前に、自身や仲間の分析力や取材力を信頼しているからだろう。
「面談先の企業が話すのは、自分たちの見えている範囲のビジネスだけです。ただ、400社の話を聞いていくと、ミクロの積み上げがマクロになる瞬間がある。私たちはマクロ的に『経済はこう変わる』『この業種がいい』と分析していますが、ミクロの声を集めた結果が同じなら、それなりに確度が高い情報として運用の参考にできる」
安西の情報源は企業のIRやメディア情報に限らない。身の周りの人や物すべてにアンテナが向いている。同ファンドは電気工事などを手がける関電工を23年7月に新規買い、10月に買い増しした。背景には、国内建設投資が堅調である一方、人手不足で需給がひっ迫するというマクロ要因があった。そうした経営環境のなかで、関電工は採算性の高い案件の選別受注を強化。収益性の改善が見込まれた。それだけでも十分に買いの材料が揃っているが、ダメ押しの情報は身近なところからもたらされた。
「親戚がゼネコンに勤めていましてね。世間話をしていたら『最近、電気・空調などの専門工事会社の見積もりが倍になってる』と。現場の生の声はすごく参考になります。ちなみに関電工は買ったときから株価はほぼ倍になっています」
子どもの塾の送り迎えの途中でコンビニに寄ったときのこと。せがまれて、キャラクターグッズが当たる「一番くじ」を引いた。
「なかなか当たらず、最後は親のほうがムキになって引いていました(笑)。でも熱くなる一方で、ラベルをひっくり返してどこの会社が運営しているのかはチェックしていた。材料はどこにでも転がっています」
現場の一次情報からマクロ環境まで、安西は縦横無尽に情報を分析してバリュー株を見極める。そこまでできない個人投資家に何かヒントをもらえないか。そう頼むと、「インフレ局面では利益率を重視して」と答えてくれた。
「同じ業界で利益率1%と10%の会社があるとしましょう。人手不足で人件費は上がっていて、ベア5%で賃金が上がると、利益率1%の会社は一発で赤字になるリスクがある。コスト上昇に耐えられる会社にフォーカスしたほうがいい」
一方、アップサイドでは何に注目すればいいだろうか。
「カタリストのひとつとして、地政学リスクの高まりや経済安全保障政策に注目しています。例えば中東情勢でスエズ運河が通れなくなり、船便にかかる時間が延びた結果、今世界的に船が足りなくなっています。また、米国では中国船規制案も検討されている。政府は毎年6月に経済の基本方針(骨太の方針)を打ち出しますが、昨今の状況を受けて今年の方針には造船力の強化が入っていた。政策に売りなし。造船関連は面白いかもしれませんね」
あんざい・しんご◎1998年、現アセットマネジメントOne入社。2000年から一貫して日本株の運用に携わり、約24年の運用経験をもつ。長いキャリアで培った企業経営者との長期的な信頼関係を武器としたリサーチに定評がある。One割安日本株ファンドは19年より担当。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。


