例えば、「当社には、輝く未来があります」と語っても、経営者が、それを本気で信じていなければ、その深層意識が社員に伝わってしまい、「何か嘘っぽい」と受け止められ、決して心に響かない。
もし経営者やリーダーが、社員や部下に、未来の希望を語りたいならば、まず自身が、その未来を心に描き、わくわくしながら語らねばならない。それは決して容易ではないが、それができたとき、「言葉」を超え、経営者やリーダーから発せられる「わくわく感」が、企業や職場に広がっていくだろう。
以上が、「三つの技法」であるが、これを実践してみると、読者は、その難しさに気がつくだろう。
第一の「情景が心に浮かぶ言葉」を語るには、情景描写の力に加え、描写に感情を込める力が求められるからであり、さらには、それを聞く部下や社員の気持ちを想像する力や、その気持ちに共感する力が求められるからである。
第二の「体験したエピソード」を語るには、実は、「経験」を「体験」にまで深める力が求められる。すなわち、誰でも何らかの経験は持っているのだが、その経験、特に失敗の経験を真摯に振り返り、「リフレクション」(反省や内省)を通じて、そこから大切な教訓を学び、掴み取ったとき、初めて「経験」が「体験」になり、豊穣な学びを伝える「エピソード」を語れるようになるからである。
第三の「深く信じていること」を語るには、究極、その経営者やリーダーの「信念」が問われることになる。そして、「信念」とは、ただ「信じること」で はなく、その経営者やリーダーの「生き様」であり、「人生に向き合う覚悟」だからである。
しかし、それでも、この難しい修業を続けていくならば、いつか、読者は気がつくだろう。
自身の語る言葉に、単なる「言葉の力」を超えた、「言霊」と呼ぶべきものが宿っていることに。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、21世紀アカデメイア学長。多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。元内閣官房参与。全国8800名の経営者が集う田坂塾塾長。著書は『人類の未来を語る』『教養を磨く』など、国内外 150冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp


