経営・戦略

2025.09.11 15:15

世帯収入月1万円の村で「葉っぱを六次産業化」。連鎖断つ事業秘策、セブの山奥にあり

加瀬野禅氏がセブ島で、たった1人で開墾した「パイロットファーム」

加瀬野禅氏がセブ島で、たった1人で開墾した「パイロットファーム」

フィリピンのセブ島と聞いて、あなたはどんなイメージを抱くだろうか? 多くの人が、美しいビーチやリゾートを思い浮かべるかもしれない。しかし、その華やかな観光地の裏側には、貧困に苦しむ人々が暮らす現実があるんです。


私は先日、武蔵野大学の学生たちとセブ島を訪れ、そんな貧困層の自立を支援するNPO法人「誰でもヒーロー」(内山順子 代表)の活動に触れてきました。そこで目にしたのは、世帯収入が月収1万円にも満たない農村で、たった一人で未来を切り開こうと奮闘する日本人青年でした。

このNPOは、もともとセブ島在住の日本人が立ち上げた団体で、現地のストリートチルドレンや、ゴミ山で暮らす貧困層への食糧支援から活動をスタートさせたといいます。この団体の活動は多岐にわたり、貧困家庭の子どもたちへの教育支援、自立のための職業訓練、そして私が今回訪れたような農業支援まで、幅広く手掛けています。

そして、新規事業として農村部の自立支援に取り組み始めたということで、実際の現場を訪問する機会に恵まれました。JICAの支援を受けながら、セブシティから車で1時間ほど山奥に入った山村で、担当する加瀬野禅さんは一人で「パイロットファーム」という小さな農園を開墾していたのです。

スラムの子どもたちへの炊き出しボランティアに参加する武蔵野大学の学生たち
スラムの子どもたちへの炊き出しボランティアに参加する武蔵野大学の学生たち

価値を「創る」ということ

セブの農業は、歴史的に「経験と勘」に頼ってきたと加瀬野さんは教えてくれました。科学的な土壌分析も、論理的な栽培方法も、この地には根付いておらず、結果として、生産性は上がらない。例えばとうもろこしを1kg収穫しても、卸値はわずか15ペソ。日本円にして50円にも満たない。それでは、どれだけ一生懸命働いても、暮らしは豊かにならない。貧困の連鎖は、世代を超えて続いていくという事実がそこにあったわけです。

この閉塞感をどう打ち破るか? 

加瀬野さんは、土壌改良や栽培方法の見直しといった生産量を増やすという従来からの取り組みを行うだけでなく、日本でも近年注目されている「六次産業化」(一次産業従事者が加工、販売にまで一気通貫に関わること)に取り組みたい、というのです。

パイロットファームを背に、加勢野禅氏
パイロットファームを背に、加瀬野禅氏

彼は、この土地で採れる作物に新たな価値を吹き込もうとしていたのです。例えばこの農地でバタフライピー(アジア原産のマメ科の植物。蝶の形に似た青い花を咲かせることから)。を育成し、乾燥させてセブの青い空や海をイメージしたハーブティーに。ミントを栽培して、簡単にカクテル・モヒートを楽しむことのできるモヒートシロップを作る。そして、それらを「セブ島の新名物」として、観光客向けに販売しようとしているのです。

この取り組みを成功させるには、大きな課題があると、加瀬野さんは言います。それは、地元の農家さんたちが、この「価値の転換」を本当に理解できるかどうか、です。これまでの習慣となっている長年慣れ親しんだ農法や価値観を捨て、新しい挑戦をするのは簡単なことじゃないでしょう。「葉っぱが売れる?」「ミントシロップがお金になる?」現地の農家さんたちの頭の中には、たくさんの「?」が浮かぶだろうことは、想像に固くないわけです。

試験的に栽培されているミント
試験的に栽培されているミント

横石知二氏の「葉っぱを料亭の『つまもの』に」プロジェクト

この話を聞いたとき、日本の地方創生における成功事例が僕の頭にパッと浮かんできました。徳島県上勝町の「いろどり」の取り組みです。横石知二さんが中心となり、山に自生する葉っぱを料亭の「つまもの」(和食で、料理の彩りや風味付けのために添える付け合わせ、香味野菜)として販売し、平均年齢70歳を超える高齢者たちの生きがいと収入を生み出した取り組み。

ここで思い出したのは、横石さんが「いろどり」を立ち上げたエピソードです。横石さんはまず、地域のおばあちゃんたちを大阪の料亭に連れて行き、自分たちが普段見向きもしない葉っぱが、つまものとして利用され、高値で取引されている現実を、自分の目で確かめてもらったといいます。「百聞は一見に如かず」。言い古されてきた一言だけれど、これにはやはり、人の心を動かす真理が宿っているのでしょう。

セブの農家さんにも、同じことをやるべきだろうと感じました。地元の農家さんをセブシティの土産物店やホテルに連れて行く。そこで、観光客がどんなものを求めているのか、どんなものが売れているのかを、自分の目で確かめてもらう。あるいは、彼らが作ったシロップを使ったカクテルを、実際に観光客が美味しそうに飲んでいる姿を見せる。そうすれば、彼らの心にきっと、新たな「気づき」が生まれるだろうと思います。

それは、単に「モノ」を売るのではなく、「体験」や「思い出」を売るという、現代のマーケティングの本質的な考え方です。ミントシロップは単なる甘い液体ではない。それはお土産となったときに、セブの雄大な自然やそこで暮らす人々を思い出し、飲む人が味わう「幸福なひととき」になるのです。

坪内知佳氏の「萩大島船団丸」の取り組み

そして、もう一つ、僕が思い出したのが、山口県萩大島で漁業改革を起こした坪内知佳さんの「萩大島船団丸」の取り組みでした。

萩大島は、美しい海に囲まれた小さな島。しかし、漁獲量の減少と価格の低迷で、漁師たちの暮らしは苦しくなる一方だったといいます。そんな困難な状況に飛び込んだのが、当時24歳のシングルマザー、坪内知佳さんでした。彼女は漁業経験も、島での人脈もまったくない、いわば「部外者」。しかし、彼女は漁師たちを説得し、約60人の漁業者を束ねて「萩大島船団丸」を設立。坪内さんが起こした革命は、魚の流通システムそのものを変えることだったのです。

これまでの漁業は、漁協や仲買人を通して魚を売るのが常識だったといいます。しかし、坪内さんは漁師たちに「自分たちが獲った魚を、自分たちで直接売ろう」と提案したのです。漁師たちは獲れた魚を船上で血抜きし、鮮度を保ったまま、自ら梱包して飲食店などに直送する。この「自家出荷」の仕組みによって、市場を通すよりも早く、そして高く魚を売ることができるようになったのです。

坪内さんのすごいところは、漁師たちの意識を変えたこと。彼女は漁師たちに、単なる「漁業」ではなく「ビジネス」として捉えることを促したと言えるのではないでしょうか。彼女は自ら販路を開拓し、漁師たちが獲った魚を「鮮魚BOX」として売り込む。そして、漁師たち自身にも、取引先との交渉や販売を任せるようにしていったといいます。

最初は戸惑っていた漁師たちも、自分たちの手で努力した分だけ収入が増えることを実感し、徐々に変わっていったと言うのです。「漁師」という家業が、「経営者」としての仕事に変わった瞬間です。この「ファーストペンギン」(群れの中で最初に海に飛び込む勇気のあるペンギン)の物語はテレビドラマ化もされたので、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。

地方創生とは「グローバルな問い」

「地方創生」と聞くと、僕たちはどうしても日本の地域のことを思い浮かべます。しかし、セブで見た光景はそれが国境を越えた普遍的な課題であることを思い起こさせてくれました。発展途上国の地域開発も、突き詰めれば「地方創生」そのものだということです。

徳島のおばあちゃんたちが横石さんと共に見つけた「葉っぱの価値」、そして萩の漁師たちが見つけた「魚の価値」。セブの若者たちがこれから見つけ出す「ミントの価値」と、本質的には何も変わらない。それぞれの地域に眠る「宝」を見つけ出し、それを新たな「価値」として世の中に送り出す。そのための論理的な思考と行動、そして何より、現場の人々の心を動かす「仕掛け」が不可欠なのだと思います。

グローバル化が進む現代において、私たちは、世界のどこにいても、同じような課題に直面しているのではないでしょうか。日本の過疎地域と、フィリピンの貧困地域。一見するとまったく異なる問題のように見えますが、その根底にあるのは、「いかにして、その土地に暮らす人々が、自分たちの力で未来を切り開くか」という、普遍的な問いではないかと感じます。

セブ島の山奥で出会った青年農業家の挑戦は、「地方創生」の本質を気付かされるし、まさに共通点を感じずにはいられない。

私たちの「ふるさと」にも、まだ見ぬ「宝」がまだまだ眠っているのです。その宝を見つけ出し、磨き上げ、世界に向けて発信すること。それが、私たちに課せられた、次の時代の「地方創生」の一手であることは間違いないでしょう。


ミントの畑で、セブの農家の人たち。"「当たり前の葉っぱ」がビジネスになる"を感じてもらえるか━━
ミントの畑で、セブの農家の人たち。"「当たり前の葉っぱ」がビジネスになる"を感じてもらえるか━━

<ミントの畑で、セブの農家の人たち。"「当たり前の葉っぱ」がビジネスになる"を感じてもらえるか━━>






※筆者は、これまでの経験で"「自分だからできる仕事」は才能や特別な環境がなくても誰にでもつくれる"という真実を体得しました。そして今回、その「自分だからできる仕事」をつくる方法を、誰もが実践可能で、高確率で連続的に成果を出すことができるスキルや思考法として体系化した『自分だからできる仕事のつくり方』を上梓しました。 新しい仕事のつくり方の「マインドからノウハウまで」を言語化した1冊にしたつもりです。読者諸氏の今日明日の糧になりますように。

『自分だからできる仕事のつくり方』(ダイヤモンド社刊)
自分だからできる仕事のつくり方』(ダイヤモンド社刊)

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事