「地元の仲間」として信頼されるには
移住者として蒸留所を構えることは、決して簡単な道ではなかったはずだ。実際、都市部から地方に進出する企業や個人が、地域コミュニティとの摩擦を経験する例は少なくない。
だがフィリップさんは、こう語る。
「うちの場合は、むしろ応援してもらってばかり。当時の村長もオープンの場に来てくれたし、村の人たちから“商品見せてやって”と紹介してもらえる機会も多い。そうした関係性が自然にできあがっていた」
その背景には、彼自身が長年この村と関わりを持ち、単なる“よそ者”ではなく「一緒に地域をつくる存在」として見られていたことがある。道祖神祭りのような村の中核行事への参加も、信頼関係の土台となった。
「お祭りでは半年間、同期の仲間たちとずっと準備をする。雪の中で社殿を組んだり、火の番をしたり。そういう経験が、ただの移住者ではないつながりを生んでくれたと思う」

“余白”を生かす村のスケール感
野沢温泉村には、都市にはない“余白”がある。
「この村は、歩いて回れるくらいの大きさで、でも人の営みがちゃんとある。その絶妙なスケール感が、何かをはじめたい人にとっては最高の環境なんです」
観光地としてのポテンシャルはもちろんのこと、観光以外の文脈でも挑戦できる“余地”がある。人口減少や過疎といった課題もある一方で、それが逆に「自由な設計の余地」になりうるという。
「地元の方も“若い人が来てくれて嬉しい”と受け止めてくれる。だからこそ、その期待に応えられるような誠実な仕事をしていきたいんです」

次の主役は、ウイスキー
現在、野沢温泉蒸留所では2026年のウイスキーリリースに向けて着々と準備が進められている。
「うちは大手のように大量生産できるわけではない。だからこそ、香りやストーリーで勝負したい。野沢の自然や文化を味に込めた、“ここでしかできないウイスキー”を届けたい」
導入したのは、ハンマーミルと、日本で初導入となるマッシュフィルター。それにより、大麦以外の穀物を使ったウイスキー造りも可能となり、コーンなどのグレーンやライウイスキーなど選択肢が増える。野沢温泉村にあるソバや小麦、米などもと夢が広がる。彼がめざすのは、単なるクラフトウイスキーの成功ではない。地域とともに成長する“場”そのものだ。

蒸留所からひらく、村の未来
野沢温泉蒸留所は、いまや観光客が年間を通して訪れる拠点となりつつある。ジンをきっかけに訪れる人もいれば、ウイスキーを目的に再訪する人も出てくるだろう。
「地域に仕事があれば、地元に残る若者も増える。UターンやIターンも生まれる。子どもたちに“ここに働きたい会社がある”と思ってもらえるような存在になれたらうれしい」
ジンやウイスキーといった“語れる商品”が、地域の魅力や文化を伝える「媒介」になる。単なるモノづくりではない、地域とともに歩む事業。
「うちのジンを飲んで、“夏の森の香り”や“スキーの帰り道”を思い出してくれたら、それが一番うれしいです」
村の水と森と人から生まれた蒸留酒が、いま静かに、けれど確実に、野沢温泉の未来をひらいている。


