ファッション

2025.09.05 15:30

世界的デザイナー、ジョルジオ・アルマーニの人生と功績を振り返る

イタリアの世界的デザイナー、ジョルジオ・アルマーニが自宅で死去した。91歳だった。ファッションに革命を起こし、世界をより良いものにするために力を尽くしてきた彼の生涯は、成功と悲劇に満ちていた。彼の先見性がこの世から失われたことは深く惜しまれるに違いない。(Photo by Vittoriano Rastelli/CORBIS/Corbis via Getty Images)

世界的に最も有名で最も売れているイタリア人デザイナーとなったものの、ジョルジオ・アルマーニは正式なデザインの教育をまったく受けていないイタリアの仕立て屋だった。彼の専門知識、特にテキスタイルに関するものは、長年にわたる研究、小売業の仕事、そして顧客の要望や需要に対する細やかな気配りから取得したものだ。

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1960年代になると、アルマーニは著名なイタリア人デザイナーでアパレル企業家、ニノ・セルッティのもとで働き始め、メンズウェアのデザインを手がけるようになる。

堅苦しい英国風スーツの時代が終焉を迎えはじめていた20世紀中頃、アルマーニはこの時代の空白を埋めることに意欲を燃やした。

アルマーニが変えたスーツの型

伝統的に、男性のスーツは英国のサヴィル・ロウやイタリアの保守的なナポリのテーラーの型に則り、かっちりとした箱型で、繊維密度の高い高級生地を重ねた「フルキャンバス(総毛芯)」仕立てだった。

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アルマーニはこのキャンバス(毛芯)を取り除いて、肩パッドを廃し、スーツの内部構造のラインをなめらかにすることで、スーツの外観をソフトにした。彼はメンズウェアをわずかに女性的に、ウィメンズスーツをより男性的にして、ビジネスウェアを中性的にしたことから、世界中の人々の仕事する服の在り方を変えた。

それからの10年、アルマーニはフリーランスとしても活躍し、他のブランドのためにも仕事をした。そして1966年、建築設計の見習いとして修行していたセルジオ・ガレオッティという青年と出会い、恋に落ちる。ガレオッティはアルマーニに、独立して自らの会社を設立することを勧めた。このアルマーニの恋人は自分のキャリアを捨て(愛車のフォルクスワーゲンを売却し)、1977年にミラノでジョルジオ・アルマーニS.p.Aを設立する資金調達を支援した。

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翻訳=日下部博一

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