海外

2025.09.08 13:00

博士や弁護士でAI訓練を支援、専門人材サービスの新興メルコアが急成長

MercorのCEOのブレンダン・フーディ(Photo by Lester Cohen/Getty Images for Breakthrough Prize)

博士号取得者など高スキル人材の提供で競合と差別化

フーディは、Mercorの強みは博士号取得者や弁護士といった高スキル人材を顧客に提供できる点にあると語る。彼らの時給は通常90〜150ドル(約1万3000円〜2万2000円)に達し、それだけの報酬が支払われるのは、高度な推論モデルの訓練に専門知識が欠かせないからだ。モデルが多段階のリクエストにどう「思考」して応答するかを学ぶには、特定分野の専門家の助けが不可欠になる(創業者たちが好んで語るAIモデルの訓練人材の事例には、チェスのグランドマスターや私立探偵といった顔ぶれが含まれる)。

advertisement

さらにフーディは、各プロジェクトに最適な人材を選び出せるMercor独自のマッチングアルゴリズムも強みだと強調した。

Mercorは、OpenAIを含む主要なAIラボへの訓練人材の提供にも進出したと述べている。元OpenAIの社員が立ち上げた強化学習に特化したスタートアップのApplied Computeは、金融など特定分野のデータセットの提供をMercorに依頼している。「彼らは、他の多くのプラットフォームでは集められないレベルの人材を引きつけている」と、同社CEOでありティール・フェローシップでMercorの創業者と知り合ったヤシュ・パティルは語った。

もっとも、Mercorには批判的な声もある。同社と競合するデータラベリング企業のあるCEOは、老舗Surgeの実行力と大量処理能力を評価しつつ、大口顧客との取引ではMercorはあまり目立たないと指摘した。「彼らを目にする機会は少ない」とそのCEOは語った。ただし、Mercorが得意とするのが高度なスキルを持つ専門家の人材供給である点では同意した。

advertisement

資金調達147億円で評価額2940億円に急上昇、フェントン取締役就任

専門家レベルのクオリティを持つデータに注力するMercorの姿勢は、投資家の関心を集めている。同社は、2月にベンチマークやゼネラル・カタリストなどから1億ドル(約147億円)を調達したが、その際の評価額は20億ドル(約2940億円)だった。数カ月前の評価額2億5000万ドル(約368億円)の約8倍にあたる急上昇ぶりだ。Mercorの取締役には、ツイッターやイェルプの初期投資家でもあるベンチマークのパートナー、ピーター・フェントンが新たに加わった。一方、これまでベンチマークを代表して取締役を務めていたビクター・ラザルテは、独自のファンドを立ち上げるために7月に退任を発表していた。

ラザルテはフォーブスに対し「Mercorは最高品質のデータ提供者であることを証明したと思う。モデルを開発する人々は、データの量よりもデータの質が重要であることを理解している」と語った。

もっとも、企業の採用判断にAIを関与させることには落とし穴もある。大規模言語モデル(LLM)は一般的に、学習データに基づいて偏った応答を生成する可能性があるからだ。しかし、フーディは、MercorのAIは求職者の名前や性別、人種などの特定の情報を参照できない仕組みになっているため、従来の採用プロセスよりも偏りを抑えられると主張する。さらに同社は、面接のデータをAIリクルーターの訓練に使っていないとも強調する。このような取り組みには、一部から懸念の声が上がっている。

フーディは、「面接そのものを学習に使わない大きな理由の1つは、それ単独ではあまり有用ではないからだ」と説明し、価値のあるデータにするためには「ウェブ全体に匹敵する規模」が必要になると付け加えた。

一方、Scale AIのメタへの売却は業界に衝撃を与えると同時に、データラベリングというビジネスの将来性にも疑念を投げかけた。観測筋の多くは、この業界の最大手のCEOであるワンが、先行きに不吉な兆しを感じていないのであれば、なぜ突然身を引いたのかと疑問に思ったのだった。これに対してフーディは逆の見方を示す。

彼は、メタがScale AIの株式49%を140億ドル(約2兆円)で取得した事実こそが、この業界の価値を裏づけていると主張する。AIモデルに教えるべき複雑な概念が存在する限り、人間によるAIの訓練は欠かせないものであり、この事業が終わりを迎えるのはまだ先のことだと彼は見込んでいる。

元ウーバーのジェインにより、経営体制を強化

Mercorは現在、次のステージを目指している。同社が先月プレジデントにスンディープ・ジェインを迎えたことで、若い創業チームにいわば「ただ一人の大人」が加わった。これは、かつてグーグルが若き創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンの指導役という位置づけで、エリック・シュミットを迎え入れたのと同じ構図だ。

ジェインの主な使命は、Mercorのあらゆるシステムを拡張することで、具体的には、新規人材の受け入れやマネジメントのプロセス、さらには顧客向けのデータ追跡やレポーティング体制の改善などを担うことになる。彼は、新たな職場になじむことに加えて、若々しい社内環境に順応することを求められる。「私は会社の平均年齢を大きく引き上げている」とジェインは苦笑しつつ語った。

Mercorが新たな高みに向かっていることは、本社を訪れればすぐにわかる。7月のある金曜日の午後、同社のオフィスは活気にあふれており、壁にはテック界の著名人やMercorのエンジニアが残した言葉が額に入れて飾られていた。

そこには、大企業から革新的なイノベーションが生まれたことはない」と記されたヴィノッド・コースラの格言のポスターもある。すぐそばには「ロケットシップにようこそ」と書かれた、無名のMercorエンジニアの言葉が掲げられていた。さらに、ピーター・ティールの著書『ゼロ・トゥ・ワン』が、オフィスのあちこちに置かれ、オフィスのバーカートには、ドン・ペリニヨンやドン・フリオ1942のボトルと並んで、モンスターエナジーの缶がずらりと並び、その脇には「ローデッド・ホットドッグ味」のプリングルスの缶が1つだけ置かれていた。

次ページ > 創業者フーディの哲学

編集=上田裕資

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事