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2025.09.08 13:00

博士や弁護士でAI訓練を支援、専門人材サービスの新興メルコアが急成長

MercorのCEOのブレンダン・フーディ(Photo by Lester Cohen/Getty Images for Breakthrough Prize)

MercorのCEOのブレンダン・フーディ(Photo by Lester Cohen/Getty Images for Breakthrough Prize)

Mercor(メルコア)が、フォーブスの「クラウド100」で89位に初登場した。このリストは、世界トップの非上場クラウドサービス企業(SaaSプラットフォーム事業者)を選び抜いたというものだ。当初同社は採用面接のAI化を目指していたが、AI開発競争の熱狂の中で方向性を変え、新たな収益源を確保した。それは一般的なデータラベリングにとどまらず、博士号取得者や弁護士を動員し、AIに高度な推論の「プロセス」を学習させる新しい人材サービスだった。

メタが約2兆円でScale AI株式49%を取得、CEOワンを電撃引き抜き

Mercorのブレンダン・フーディCEOは、サンフランシスコのサウス・オブ・マーケット地区にあるMercor本社の会議室で取材に応じた。そこで彼が振り返ったのは、会社を取り巻く環境が激変した2025年6月のある出来事だ。

その内容はというと、メタが、データラベリング大手Scale AIの株式49%を140億ドル(約2兆円。1ドル=147円換算)で取得し、同社CEOのアレクサンダー・ワンを引き抜くと発表したことだ。MercorはScale AIよりも規模の小さな競合ながら、外部のAIラボ向けにモデルを訓練する博士号取得者や専門家をリクルートしており、この発表を受けてすぐに新たなチャンスを見いだした。

Scale AIの中立性懸念によりAIラボ離れが進み、Mercorに追い風

「最初は驚いたが、しばらくするとその驚きは将来への期待と熱意に変わった」とフーディはフォーブスに語った。共同創業者で最高技術責任者(CTO)のアダルシュ・ヒレマスも、「スタートアップの最大の競合が一夜にして撃沈されるなんて、そうあることじゃない」と明かした。彼らが強調した理由は、Scale AIがメタと提携したことで、多くの大手AIラボが中立性の喪失を懸念し、同社との取引を望まなくなったからだ。

取材の途中、ヒレマスは生後6週間のバーニーズ・マウンテンドッグの愛犬、ゼウスの興奮を抑え込むのに苦労していた。この子犬のあふれるようなエネルギーは、20代の若者たちが創業し、シリコンバレーのAI時代の申し子に成長したMercorの姿を象徴していた。

22歳のフーディとヒレマス、スーリャ・ミダの3人は、いずれも「ティール・フェローシップ」のメンバーだ。このプログラムでは、保守系ビリオネアの投資家ピーター・ティールが毎年、大学進学を放棄する若者に10万ドル(約1470万円)の助成金を与えている。ベイエリア郊外の高校のディベート部で出会った長年の友人である3人は、このプログラムに選ばれる前の2023年にMercorを立ち上げていた。

名門VCのベンチマークが支援、元ウーバー幹部を招聘し急拡大

そして現在、注目を集める同社には、名門ベンチャーキャピタル(VC)のベンチマークをはじめ、ツイッター共同創業者のジャック・ドーシー、元米財務長官のラリー・サマーズなどの大物が出資している。

またMercorは先月、ウーバーの元プロダクト責任者のスンディープ・ジェイン(54)を初代プレジデントとして迎え入れ、若い組織にテック大手の経験を注入したことをフォーブスに明かした。さらに、急成長の中より広いスペースを確保するため、まもなくサンフランシスコ中心部の旧インスタグラム本社にオフィスを移転する予定だ。Mercorは今年、フォーブスの「クラウド100」に初登場した。

AI面接から、AIの訓練を担う専門人材の派遣へ事業を転換

急成長を果たしたMercorは、主力事業も変化を遂げている。同社は当初からデータラベリングに特化していたわけではなく、現在もそれは長期的な目標とはしていない。Mercor創業時の構想は、AIと高度なマッチングアルゴリズムを用いて採用を近代化することだった。Mercorは、AIアバターが求職者を面接し、企業とマッチングするプラットフォームを構築した。将来的には次世代のデロイトやアクセンチュアを目指していた。

しかし、Mercorの創業のわずか数週間前に登場したOpenAIのChatGPTが、テック大手による最先端のAIモデルの開発競争を引き起こした。ラテン語で「市場」を意味する社名を持つMercorは、AIモデルの訓練を担う人材を企業に供給する事業に新たな活路を見いだし、一気にその方向にシフトした。

年間収益147億円を達成、利益8億円超、月次成長60%で急伸

しかし、「これをピボットとは呼ばないでほしい」とフーディは強調する。Mercorは今も同社をリクルーターと位置づけており、データラベリングが労働者と企業を結びつけるという同社の根本的な役割に沿っていると考えている。そして呼び方はどうであれ、その成果は明白だ。

今年3月、Mercorは年間換算売上高が1億ドル(約147億円)に達したと発表。さらに今年上半期の利益は600万ドル(約9億円)に上ったとフォーブスに明かした。同社によれば、この半年間の月次成長率はほぼ60%に達しているという。データラベリングが事業全体のどの程度を占めているのかについてフーディは明言を避けたが、「成長の原動力になっている」と語った。

データラベリング分野は、Scale AIの勢いが衰える中でも、競争が激化している。2016年に創業したこの分野の老舗、Surgeの評価額は250億ドル(約3.6兆円)と報じられており、Turing AIは7月に22億ドル(約3234億円)の評価額で1億1000万ドル(約162億円)を調達した。2023年時点で評価額5億ドル(約735億円)だった小規模なInvisibleも、OpenAIやマイクロソフトの主要パートナーとして地位を確立している。

フォーブスがコメントを求めたScale AIは、Mercorの主張に反論した。「最大の競合についてMercorがデマを流すのは驚くことではない」と、Scale AIの広報担当ジョー・オズボーンは声明で述べた。「当社はこれまでも独立性と中立性を維持しており、繰り返しそれを公に表明してきた」。

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編集=上田裕資

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