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2025.09.07 08:30

量子コンピューター、核融合を支える月の宝――「ヘリウム3」商業採掘の現実

Shutterstock.com

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1キログラムあたり約28億円で取引される希少ガス「ヘリウム3」。量子コンピューターの冷却材や核融合燃料として期待されるこの資源が、新たな宇宙開発競争を引き起こしている。地球ではほぼ採取できないため、元ブルーオリジン(Blue Origin)の幹部が率いる米スタートアップ、Interlune(インタールーン)が世界初の月面商業採掘に挑む。その壮大な構想の裏にある技術的課題と、巨額の資金が動くビジネスの勝算に迫る。

月でヘリウム3を採掘する計画が動き出した

米シアトルを拠点とするインタールーンのオフィスロビーには、幅約90センチの卓上ジオラマが置かれている。同社が月面採掘をどのように実現するかを説明する模型で、角ばった自律走行車が月の表土を削り取り、貴重なヘリウムを含むガスを放出する様子が示されている。また、車輪付きの台に太陽光パネルが設置されている。その脇には、ガスを詰めたボトルを地球に送り返すための小型ロケットを積んだ、軍用ミサイルランチャーに似た箱が置かれている。

希少なヘリウム3は年間294億円規模の価値を持つ

しかし、インタールーンの試みは決して子どもの遊びではない。同社が月での採掘を狙う「ヘリウム3」は、パーティ用の風船に使うヘリウムと密接に関係する同位体で、産業分野で重宝される希少な物質だ。コンサルティング企業Edelgas Groupによれば、ヘリウム3は2024年に1リットルあたり2500ドル(約37万円。1ドル=147円換算)、1キログラムあたり約1900万ドル(約28億円)で取引されていた。

CEOのロブ・マイヤーソンは将来的に、自社の採掘機を5基稼働させれば年間少なくとも10キログラムのヘリウム3を生産可能で、その価値が2億ドル(約294億円)近くに達すると見込んでいる。

過酷な環境と巨額コストが阻む商業化への険しい道のり

ただし、実現には多くの課題が立ちはだかる。月には地球より多くのヘリウム3が存在するが、それでも十分に豊富とはいえない。たとえ濃度の高い地域を見つけられたとしても、商業的に成り立つ量を確保するには数百万トンに及ぶ表土(レゴリス)を処理できるマシンを開発し、月面に運ばねばならない。その作業は、月には人間の作業員がいないため、完全に自律型で行う必要もある。月の塵は地球上のどんな物質よりも研磨性が高く、機械に大きな負担をかける。

「そこがまさに我々の強みだ」と、インタールーンのマイヤーソンCEOはフォーブスに語った。

同社にとって欠かせないもうひとつのツールが、コンプレッサーの轟音と甲高い唸りを響かせる超低温の蒸留装置だ。月のレゴリスを粉砕して得られるガスの中で、ヘリウム3を含む部分は1%にも満たず、その中でも濃度は、数十億分の1から数十億分の数十にとどまると推定されている。そのため、風船に使うヘリウムや水素と分離するためには、すべてをマイナス268度以下まで冷却し、他のガスを液化させた上で、ヘリウム3だけを取り出す必要があるのだ。

「これはおそらく我々にとって最も難しい課題だが、非常に大きな進展を遂げている」とインタールーンの最高技術責任者(CTO)のゲイリー・ライは語る。

しかし、たとえ最初の月面採掘拠点を築けたとしても、「経済的に成り立つかどうかはまだ不透明だ」とコロラド鉱山大学の宇宙資源学教授クリス・ドライヤーは指摘する。装置のコストや信頼性が未知数である上、実際のレゴリス中にどの程度ヘリウム3が含まれているのか、そしてそれが事業の採算性にどう影響するかも分からないからだ。

「最初の数回は利益が出なくても不思議ではない。ただし、時間をかければ可能性はある」と語った。

月面の水や鉱物を利用してロケット燃料や建造物を生み出そうとする取り組みは、StarpathやiSpaceなどの複数のスタートアップがすでに進めている。さらに、AstroForgeのように小惑星から貴金属を採掘し、地球での採掘の負担を減らそうとする企業も現れている。だが、多くの課題を抱えながらも、インタールーンは資源を地球に持ち帰る事業で、最も成功の可能性が高い企業のひとつと見られている。理由の1つは、同社が月面採掘を実現させる前の段階で、自社の技術を収益化するための手段をすでに持っていることが挙げられる。

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編集=上田裕資

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