いまや世界的なスターとなったフランス出身のストリートアーティスト、多大な影響力を持つ一方で捉えどころのないJRは、社会問題の解決に向けた取り組みにアートを活用する「アーティビスト」としても知られる。
創造力とクリティカル・シンキング(批判的思考)を融合させたインパクトの強い作品で高い評価を得てきたJRは、エジプト・ギザのピラミッドからパリのルーブル美術館まで、各地で披露してきた大型の写真やトロンプルイユ(だまし絵)を取り入れた作品を通じて、より深いメッセージを伝えようとしている。それは詩的であり、かつ進歩主義的なメッセージだ。
新たな旅
パリ郊外で育ったJRは、幼いころから列車に魅了されてきた。2007年にケニアで制作した「Women Are Heroes」からもわかるとおり、列車は彼にとって、作品を異なる場所へ運ぶための「素晴らしい手段」でもある。
そのJRは2020年、伝説的な豪華列車、「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(VSOE)などを運航するベルモンドとのコラボレーションについて協議を開始。そして、1920年代に作られた素晴らしい客車の1両全体を動くアート作品に生まれ変わらせるという機会を得た。
「客車を自分でつくれるなど、想像もしていなかった」というJRは、それは「夢見る勇気さえ持てなかったような夢」だったと語っている。VSOEの客車に初めて足を踏み入れたときには、戦前に完成した内装が、いまも残っているというその寿命の長さに感銘を受けたという。それらの大半は、アール・デコ様式が主流だった1920年代から1930年代につくられたものだ。
「100年近く前に内装を手がけた職人たちの情熱が、細部に現れています。私たちも、時代を超えるもの、私より長生きするものを作らなくてはと思いました」
そして、4年の制作期間を経て完成したのが、完全にカスタムメイドの芸術的な寝台列車、全体的なレイアウトから細部の視覚表現まで、すべてのエレメントにJRが関わった「L’Observatoire(オプセルヴァトワール、「天文台」の意味)だ。
2025年春からVSOEの路線に導入された「オプセルヴァトワール」でJRが実現させたかったのは、いくつもの「好奇心のキャビネット」と、「天文観測所で目にする奇跡」を体験することができる最高に豪華な居住空間を、線路上につくることだった。


