創業者ネイサン・シューの経歴
AIに携わる前、武漢大学を卒業したシューは、安定しているが退屈な銀行員の道を歩むはずだった。しかし、ある時大学のイノベーションの授業に触発された彼は、自身の事業を立ち上げて、中国の学生の留学を支援するためのウェブサイトを開設した。
しかし現実は甘くなかった。その事業は失敗し、大学院進学のために両親が用意していた預金を使い果たした。その後に手がけた2つのスタートアップも失敗した。最終的にシューはベンチャーキャピタルの世界に活路を見出した。最初に勤めた北京のChina Growth Capitalでは、評価額20億ドル(約2960億円)に成長したインドネシアのデジタル銀行Akulakuなどに投資していた。
China Growth Capitalの共同創業者ウェイン・ションは「ネイサンは常に最前線に関わろうとしていた。彼は典型的な中国の起業家というよりシリコンバレーの起業家のようだった」と語った。
2021年、シューは再び起業したい思いを抑えきれなくなった。彼は中国の電子機器やハード製造の中心地・深センへ頻繁に足を運んでいた。そこでチャンスを見つけた。現地の工場は録音機能付きのペン、ブレスレット、ペンダントを次々と生産していた。さらにグーグルなどの文字起こしアプリは数十億回のダウンロードを記録していた。
一方で中国の外では状況が停滞していた。ソニー、オリンパス、フィリップスなど巨大企業が手掛けるボイスレコーダー市場は古びた領域となっていた。そんな中シューは、AIを組み込んだ洗練されたハードなら海外市場で必ず受け入れられると確信していた。
ChatGPT登場で事業転換、競合が多い中国市場を避け海外展開へ
シューが最初に組んだ相手は、スマートウォッチなどのウェアラブルを長年手がけてきた工場経営者チャールズ・リウだった。2人は最初に「Izyrec」という超小型レコーダーを手がけた。アプリと連動し、浮気調査用に売り出された。この製品はヒットしたが、2022年にChatGPTが登場すると2人は新ブランドで再出発することを決めた。
こうして生まれたのがPlaudだ。2人は2023年にキックスターターで、クレジットカードサイズの録音デバイスの「Note」を発表した。これは、会議に追われるビジネスパーソン向けに設計されたデバイスで、スマートフォンの背面に貼り付けられる仕様だった。
Noteのハードは前身Izyrecと大差なかったが、価格は約3倍だった。にもかかわらず予約は100万ドル(約1億4800万円)を超えた。理由はChatGPTを組み込んだアプリが同梱されていたからだ。このアプリは通話をテキスト化し要約も行う。シューとリウはガジェット販売だけでなく、時間を節約する付加価値サービスの提供に踏み出した。シューは「収益性が高く、継続的に成長できるビジネスをつくりたかった。ソフトウェアとの組み合わせで、参入障壁を築き、持続性を確保できる」と語った。
彼らは販売先を海外市場に限定した。中国では小米(シャオミ)や華為(ファーウェイ)がAI対応ウェアラブルを次々投入していた。深センには模倣品を即座に大量生産する工場も無数にある。そうした環境では価格競争は避けられない。ネイサン・シューは「中国では一晩で競争相手が現れる」と語り、リスクを避けて海外に活路を求めた。
シューはPlaudの最大の顧客が医師や弁護士、会議に追われる営業担当者だと気づいた。そこで彼らの仕事に役立つテンプレートを整備し始めた。同社は今年初め、病院向けソフトを手がけるサンフランシスコの小さなスタートアップを買収。ヘルスケア分野への展開を加速させた。この急成長市場ではAbridgeやマイクロソフト傘下のNuanceが医師向けAI文字起こしツールを競い合っている。


