中国の連続起業家ネイサン・シュー(34)は、サンフランシスコと中国の深圳を拠点とするスタートアップ「Plaud(プラウド)」を自己資金で立ち上げた。同社のAI対応ボイスレコーダー(文字起こし・要約機能付き)は、医師や弁護士、営業担当者に広く使われている。販売台数は100万台を超えた。挑戦はまだ始まったばかりだ。
アムステルダムの取材でAI録音デバイスを実演
7月の雨の朝。アムステルダム郊外の高級住宅地にあるイタリアンカフェで、シューは打ち合わせの準備をしていた。「会話を録音してもいいですか」と尋ね、メモリースティック大のデバイスをシャツに留めた。
カプセル形のそのガジェットは、ワンクリックで録音を開始。自身の発言だけでなく、周囲の会話もすべて記録し、即座にテキスト化・要約まで行う。このデバイスは、Plaudが開発した。一度の充電で最大20時間の録音が可能で、独自のソフトとChatGPTなどのAIツールを組み合わせ、音声データを検索可能なテキストに変換する。
このガジェットは「NotePin」と呼ばれる。医師や弁護士、多忙なビジネスパーソンの間で急速に支持を広げた。2023年の発売以降、販売台数は100万台を超えた。
クリックするだけで録音・要約するAIデバイス「NotePin」が100万台販売
Plaudは、AIツールをスマホやPCからウェアラブルへ移す競争の先頭に立つ。シューのチームは、HumaneやRabbitなど米国の競合をすでに追い抜いた。
この分野にはすでに約3億5000万ドル(約518億円)の投資が流れ込み、Omi、Limitlessなどの新興企業がウェアラブルデバイスを発売している。さらにAmazonも、小型AIデバイスの新興企業Beeを非公開の金額で買収。5月にはOpenAIが、アップルの元デザイン責任者ジョニー・アイブが創業した次世代AIデバイス企業を、64億ドル(約9472億円)という巨額で買収している。
会議の録音が常態化、社外の録音マナーが変化
Plaudと競合各社は、会議にAI議事録ボットが参加する流れに乗っている。社内では自動文字起こしを気にする人は減った。一方でオフィス外での録音には批判もある。Beeに出資したNew Wave VC共同創業者ピア・ディリバルヌは「今ではカフェの会議もすべて録音されていると考える」と語った。
こうしたデバイスの一般化が招きかねないプライバシー問題を理解したうえで、シューはPlaudをあくまで「仕事に役立つプロフェッショナル向けのツール」だと位置づける。会話を盗み聞くためのガジェットではないと明確に線引きしているのだ。「ユーザーには、録音を始める際に必ず相手の同意を得るよう勧めている」と彼は慎重なトーンで語った。
創業者資金とクラウドファンディングで独立経営を維持
Plaudは収益を上げるだけでなく、黒字化も達成している。NotePinの価格は159ドル(約2万3532円)。文字起こしプランは年99ドル(約1万4652円)からだ。今年の年換算売上高は2億5000万ドル(約370億円)に達する見込み。シューは「利益率はアップルの25%に匹敵する」と胸を張る。
Plaudはベンチャー資金に頼らず成長してきた。シューは、共同創業者で工場経営者のチャールズ・リウと自己資金を出し合った。さらに100万ドル(約1億4800万円)のクラウドファンディングで創業資金を調達した。2人は現在も大半の持分を保有している。しかし競争は激化している。Plaudは年間5400億ドル(約80兆円)規模のスマートフォン市場を、個人向けAIデバイスで切り崩そうとする新興勢としのぎを削っている。
「これからの10年で、誰もがウェアラブルAIデバイスを持つようになる。それはスマートフォン以上に普及することになる」とシューは語る。



