日米市場を中心にB2Bスタートアップへの投資を行っているベンチャーキャピタルファンドDNX Venturesが、日本の産業変革に挑む起業家にフォーカス。「社会課題を解く、スタートアップの抱く使命」と題し、連載していく。
最終回のゲストは、顧客の声を経営に取り入れるという、当たり前のようで難しい挑戦にいち早く取り組む、コミューン代表取締役CEO 高田優哉。人口減少やメディアの個人化といった構造変化を背景に、企業と顧客の関係は今、大きな転換点を迎えている。世界がやがて直面するであろうこの変化に対して、日本では早くも構築されつつある新たな経営のかたち「信頼起点経営」とは。
聞き手は「日本の産業が抱える課題解決に高い志をもつ起業家を応援したい」とシードステージから同社とともに歩んできたベンチャーキャピタリスト、DNX Venturesのマネージングパートナー兼日本代表の倉林 陽が務めた。
現代企業の生存戦略!?「信頼起点経営」とは
倉林 陽(以下、倉林):まず、コミューンが提唱する経営哲学「信頼起点経営」についてお聞かせください。
高田優哉(以下、高田):「信頼起点経営」とは、顧客や従業員と信頼を育み、その信頼を事業に活かすことです。近年、信頼起点経営に取り組む企業はどんどん増えています。そうした企業の考え方の変化、行動変容に大きな影響を与えているのは、人口減少による市場縮小や生産年齢人口の減少、個人のメディアパワーの高まりといったマクロの変化です。

一例を挙げると、ある大手メーカーは長年、お客様との共創よりも自社の企画開発力を重視して商品開発をしてきました。しかし、ニーズの多様化や、お客様の発信力が強くなったことにより、自社独自で時代の先をいくイノベーティブなプロダクトを創造し、お客様に価値提案するプロダクトアウト思想が限界に達して、2023年に「お客様の力を借り、お客様と一緒に作ったほうが売れる」と180度方向転換をしました。このように、歴史と哲学を持つ企業すら変わらざるを得ない現実があります。
倉林:もはやそれぞれの企業の価値観の問題ではなく、あらゆる企業にとって、なくてはならない考え方になってきたということですね。
高田:その通りです。ちなみに、マッキンゼーの調査では、顧客満足を重要視し信頼起点経営を実現している企業と、そうでない企業を分析すると、5年で2倍程の成長差が生まれていると定量的な結果にも表れています。
日本の人口は2022年から2023年にかけて80万人減少、2023年から2024年にかけて86万人減少しています。つまり、1年間で練馬区、浜松市、佐賀県1個分がなくなっているわけです。2025年の出生数は70万人を割りそうで、この先も生産人口減少は加速度的に進行していくことに疑う余地はないでしょう。
一方で、個人の発信力は拡大を続ける一方です。であれば、これまで以上にお客様一人ひとりを大事にし、お客様と価値をつくる、サービスをより長く使ってもらえる、もう1品買ってもらえる、もう1人紹介してもらえるといった状態を目指していく必要があります。
生産年齢人口の減少は、日本だけの課題ではありません。アメリカの生産年齢人口は横ばいから微減に推移しており、数年で今の日本と同じ課題が顕在化するのは必然です。我々は、課題先進国だからこそ、解決策も先行できると考えています。
顧客・従業員のちからを経営へ活かす、共創の本質
倉林:改めて、信頼起点経営という革命的パラダイムのポイントを教えてください。
高田:コミューンでは、信頼起点経営を「顧客や従業員と信頼を育み、その信頼を事業に活かすこと」と定義しています。顧客の声をより良い製品づくりや打ち出し・検討に活かしたり、既存顧客に友達を紹介してもらって顧客を獲得したり、これまでのビジネスモデルに+αでお客様の力を借りるということですね。
現代は、企業側ではなく消費者であるユーザーによって制作・発信される「ユーザー生成コンテンツ(UGC)」が最も購買につながる時代です。お客様のプロダクトに対するポジティブな発信を促すと、認知や評価が高まり、効率的に顧客を獲得できます。
さらに、お客様が他のお客様に製品の活用方法をアドバイスしたり、企業側からは提案しづらい応用的な使い方をお客様同士で情報交換したりといった、顧客同士のサポートによる新しいカスタマーサクセスも信頼起点経営の一つのあり方です。
CXだけでは届かない、EXが支える「共創の現場」
倉林:お客様の力を借りるのに「CX(顧客体験)」が重要であることはよくわかるのですが、コミューンは顧客コミュニティだけでなく、従業員コミュニティにも注力していますよね。なぜ、信頼起点経営にはCXだけでなく、「EX(従業員体験)」も必要なのでしょうか。
高田:当社はもともとCXだけにフォーカスしていたのですが、うまく信頼起点経営を実現されているお客様は、総じてEXのレベルが非常に高いと気づきました。たとえば、当社は丸亀製麺などを運営する株式会社トリドールホールディングスさんをご支援していますが、丸亀製麺の感動体験を作っているのは間違いなく現場のパート・アルバイトの方々です。
お客様に向き合う現場の従業員がいきいきとして、社内で共創できていないと、お客様との共創ができるはずもありません。信頼起点経営の支援にはCXだけでは不十分で、CXとEXの両輪の構築が重要であると気づき、3年ほど前からEXにも注力するようになりました。

よいEXはよいCXに、そして競争優位性に
倉林:信頼起点経営、特にEXの重要性は、グローバルのトレンドとしても高まってきているのでしょうか。
高田:そうですね。生産年齢人口が減少傾向にあり人件費が上がっているので、EXをよりよいものにし、従業員一人ひとりにより活躍してもらう人的資本経営は企業の命題になっています。そして、従業員の態度変容、行動変容に最も影響を与えるのは他の従業員の振る舞いであり、横のつながりこそが組織力を高めると多くの企業が理解するようになってきました。
とある店舗型ビジネスを展開する企業では、社長から営業部長、営業部長からエリアマネージャー、エリアマネージャーから各ショッピングモールにある店舗というフローで指示が下りていると聞いたことがあります。しかし、こういった従来の縦型コミュニケーションには限界があります。
例えば、私の故郷の岩手県のショッピングモール内にある店舗は、同県内の路面店よりも、むしろ他県のショッピングモール店舗から学ぶことが多いです。そして、エリアマネージャーの指示よりも、成功店舗の事例のほうが響きます。「○○店がすごく頑張っているらしい」と聞けば、自分たちももっと頑張ろうと思うし、「こんなふうにお客様に提案したら顧客体験が届けられた」という話を聞けば、もっとよい体験はないだろうかと考えるようになるといった具合です。
倉林:よいEXがよいCXにつながるということですね。それをコミューンが支援する企業に伝えるには、自らが実践できていないと説得力がないと思うのですが、いかがですか。
高田:はい、我々自身がCXとEXを両輪でうまく回して、コンセプトレベルで理想の組織を体現していかなくてはならないと思っています。
コミューンのビジョンは「あらゆる組織とひとが融け合う未来をつくる」です。常に意識しているのは、いかに融け合う機会や場所を提供するかということ。より良いCXはEXから始まると確信しているので、コミューンのあらゆる職種のメンバーが顧客向けイベントに参加したり、許諾いただいたお客様のコミュニティにアクセスさせていただきどのように使われているか学ばせていただいたり、顧客インタビュー動画の全社共有を義務化したりして、常に従業員がお客様に近い場所にいられるようにしています。
コミューンのビジネスモデルは、BtoB to Cというユニークなものです。BtoB to Cにおいて成功の判断材料となるのはエンドユーザーの体験なので、それを吸い上げ、社内に還元することが大切だと考えています。エンドユーザーの手触り感のある体験を知れば知るほど従業員のモチベーションが上がり、CXのレベルも上がって、競争優位性が生まれます。そこに我々の勝ち筋があると思うのです。

顧客満足の経済合理性が劇的に変化、経済インパクトが増大
倉林:先ほど「消費者が制作し発信するコンテンツが最も購買につながっている」というお話がありました。個人の発信力拡大は、具体的にどのような経済インパクトをもたらすのでしょうか。
高田:これからは信頼を大事にする誠実な企業、正しいと信じる行いをし続けられる企業が勝つという仮説を立てています。時間が経てば、良いことも悪いこともすべて明るみに出るようになり、経済インパクト革命が起こると考えているからです。
私の祖母は、かつて海女(あま)さんでした。60年前、祖母が20代の頃は、「このフィンはすごくよかった」という良い体験も、「このフィンはすぐに壊れた」という悪い体験も、伝えられるのはせいぜい周囲の5〜10人だったでしょう。一定の確率で不良品が出るとしても、影響範囲の狭さを考えれば、誠実に振る舞わなくても問題はありませんでした。
しかし、今の時代、現役の海女さんがフィンを使った口コミをSNSで発信すれば、それが良いものであれ悪いものであれ、数万人から数十万人に届く可能性があります。顧客満足の経済合理性が劇的に変化し、経済インパクトが大きくなっているのです。そのため、誠実な企業が最終的にお客様に選ばれ、誠実でないと企業は淘汰されていくでしょう。
“黒船”を迎え撃つ、日本発ソリューションの挑戦
倉林:コミューンは2022年春よりアメリカにてサービスの提供を開始し、高田さんご自身も2024年より単身で渡米してグローバル市場の顧客開拓を進めていらっしゃいますね。世界最大のSaaSの戦場である北米で、前人未到の挑戦をしている理由を教えてください。
高田:その理由は3つあります。1つ目は、好むと好まざるとにかかわらず、事業ドメイン上そうせざるを得ないと思っているからです。我々はコミュニティサクセスや信頼起点経営という言葉を使っていますが、それは一歩引いて企業の投資部門で見ると、お客様との関係性をより良くする、CRMの領域に含まれます。
CRMはユニバーサルな課題を解決するプロダクトやソリューションが多いです。日本の商習慣や法律にあまり関係ないので、Salesforce、HubSpotなど、すでに海外製品が日本市場を席巻しています。我々が取り組んでいる信頼起点経営を実現するソリューション群についても同じことが言えるでしょう。つまり、「黒船来航」は時間の問題で、来ることがわかっている以上、それに立ち向かうしかありません。
2つ目は、日米のコミュニティサクセスプラットフォーム市場の成熟度におよそ10年の開きがあり、その時間差を武器に先行者利益を追求できると考えたからです。アメリカではBtoBコミュニティが主流で、消費者向けコミュニティはまだ成熟していません。
人口動態の変化で言うと、BtoBでは生産年齢人口の減少だけが課題ですが、消費者向けの場合はそれに加えて市場縮小という課題もあります。つまり、日本企業の方がロイヤルティマーケティングやコミュニティマーケティングで先行しているのが現実です。そして、北米市場はまだフラグメンテッドでガリバー企業がおらず、2018年の日本市場に似た状況だと感じています。であれば、今が先行者利益を得るチャンスです。
3つ目は、規模の論理と粘り強い挑戦への覚悟があるからです。我々のお得意様である日本の大手消費者企業のほとんどが、日本国外に目を向け、すでにグローバルで戦っています。たとえば、当社が支援しているヤマハ発動機株式会社さんは海外売上高比率がおよそ90%を超えています。
そのため既存顧客には、「日本国外でもお客様により良い体験を提供して、もっと買ってもらいたい、満足してもらいたい」という切実なニーズがあります。わたしたちも機能を拡張し、ケイパビリティを高めていくことで一層貢献していきたいです。
倉林:海外市場を持つ日本企業の利用拡大事例が作れたら、非常に説得力が出ますね。
高田:そう思います。なので、今は「金額は高くなくてもいいから成功事例を作ろう」という地道な戦略を立てています。北米のコミュニティサクセスプラットフォーム市場は日本の8~9倍あり、我々がシェアの1%を獲得するだけでも十分な事業規模と言えますから。

第二創業の覚悟、「信頼起点経営」の実現支援へ
倉林:2025年9月3日に資金調達及び新プロダクトについて発表されました。このタイミングで、改めてコミューンのアイデンティティは何であるか、どのような使命を感じて海外市場に挑んでいるのかをお聞かせください。
高田:矮小化して言うと、従来、コミューンはコミュニティソフト屋として第一想起される企業だったと思います。もちろんコミュニティには意味があるし、パワフルなものですが、万能薬ではありません。コミュニティさえあればそれでいいわけではないのです。たくさんのお客様からお話を伺ううちに、その企業が本気で信頼起点経営をしたいと考えたときに、我々が提供してきたコミュニティソフトでは全然足りないと気づきました。
自分たちはどのように社会の役に立つべきなのか、どういう存在であれば世界にとってより意味があるのか。それを考え抜いた結果、我々はコミュニティソフト屋から方向転換をし、「信頼起点経営全体を支援できる総合ソリューションパートナー」というアイデンティティを持つべきだと判断しました。
今回の資金調達により、コミューンは第二創業期に入ったと思っています。我々の使命は、単一プロダクトを売ることではなく、信頼起点経営という概念そのものを普及させること。
CXとEXの両輪で体験設計ができ、より良く、より広く信頼起点経営が実現できるように、現在4つのソリューションとそのベースとなるデータ・アクションの基盤を展開し、最終的に10個を目指す壮大な構想を立てています。
コミューンは、「あらゆる組織とひとが融け合う未来」におけるビジョナリーカンパニーとなるべく、前人未到の挑戦をしていく覚悟です。

DNX Ventures
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たかだ・ゆうや◎コミューン株式会社 代表取締役CEO。岩手県野田村出身。パリ農工大学留学を経て東京大学農学部卒業。新卒でボストンコンサルティンググループに入社し、東京、上海、ロサンゼルスで戦略コンサルティング業務に従事。2018年にコミューン株式会社を共同創業。
くらばやし・あきら◎DNX Ventures マネージングパートナー兼日本代表。富士通、三井物産にて日米のITテクノロジー分野でのベンチャー投資、事業開発を担当。MBA留学後Globespan Capital Partners、Salesforce Venturesで日本代表を歴任。2015年DNX Venturesに参画し、2020年より現職。これまでの投資実績はSansan、マネーフォワード、Andpad、カケハシ、dataX、テックタッチ等多数。



